うつ病など、メンタルヘルス不調による長期休業は、どの職場でも起きる可能性がある。しかし、こうした問題に慣れていない職場では、はじめてのことにいろいろ戸惑い、心配になるあまり、あまり適切でない対応をしてしまうこともある。
この連載では、メンタルヘルス不調になった従業員がどんな問題に出くわすのかを説明しながら、それぞれの場面での対応について述べていきたい。
事例:電気機器メーカーに勤務する山田さんの様子の変化
山田さんは、ある電気機器メーカーに勤務する36歳の会社員だ。入社して10年あまり営業現場で経験を積んできたが、その実績を買われて昨年に本社のマーケティング部門に移ってきた。
しかし、これまでと違って、顧客から直接「ありがとう」「助かったよ」などと声をかけてもらえる場面はなくなり、逆に、社内の調整や細かなデータの集計など、慣れない仕事ばかりが増えていった。ちょうどその頃から、新製品の発売準備で社内はどんどん忙しくなり、大きく異なる職場環境に戸惑いながらも、山田さんは、持ち前のまじめさを発揮して、がむしゃらに仕事をこなしていた。
しかし、遅くまで会社に残って仕事をする日が続くうちに、仕事をどのように進めればよいのか、ひとりで考え込むことが増えてきた。異動してきてもうすぐ1年がたつ。「そろそろ山田さんも一人前だな」という上司の言葉を励みに感じながらも、だんだんと周囲からのプレッシャーが大きくなってくるのを感じていた。
最近では、ほぼ毎日、家にパソコンを持ち帰っており、土日も仕事をしている。小学3年生になる息子とも、あまり一緒に遊べなくなった。仕事のことで目がさえてしまうのか、夜になってもなかなか眠くならない。布団にもぐり込んでも、翌日の仕事のことが気になってしまい、何時間も寝つけないことがある。「あの時、あんなふうに回答したけど、それで大丈夫だっただろうか」と、いつも仕事のことが頭を離れないのだ。また、以前よりもビールの量は確実に増えている。
朝起きても、疲れが残っているのか、なんだか体が重い。出社してしまえば、気持ちも切り替わって、仕事もきちんとこなせるのだが、最近では、寝不足のせいか効率が落ちているような気がする。仕事の資料を読んでいても、気がつくと同じところを何度も読み返していたり、同僚や上司に聞かれたことにすぐに答えられず、「あれ、なんだっけ?」と資料を探している時間が増えた気がする。ちょっとしたケアレスミスも続いている。このままでは、いつか大きなミスをしてしまうのではと心配だ。
職場では、なるべく今までどおりに、元気に振る舞ってはいるが、最近では食欲も落ちてきていて、妻にも心配されている。「このままではダメだ、ちゃんとしなければ」という気持ちはあるのだが、どうすればよいか、自分でもわからなくなってきた。
解説:メンタルヘルス不調は「いつもと違う変化」として現れる
メンタルヘルス不調の初期症状は「いつもと違う変化」として現れる。たとえば、次のような体調の変化が起きてきて、それが2週間以上も続いている場合には、病院を受診した方がよい。
【自分自身の「いつもと違う」変化の例】
- 食欲がない (逆に、食べ過ぎてしまう)
- 寝つけない。途中に目が覚める。3~4時に目が覚めてその後眠れない。
- 疲労感が取れない。
- 頭の回転が明らかに落ちている。
- 今まで楽しかったことが楽しくない。それをするのが面倒だ。
上記の山田さんの場合は、異動後の環境の変化や、業務量の増加などを背景に、だんだんと睡眠の問題が出てきている。また、疲労感が抜けず、集中力も働かなくなってきて、仕事の効率が落ちている様子も見られる。そのために仕事がさらに進まなくなり、さらに残業が増える、という悪循環におちいっているようだ。
こうした「いつもと違う変化」が続いてくると、職場でも、勤怠や業務効率の問題などが生じてくる。上司や同僚が「何かおかしいな」と気づくのもこの頃である。
【職場であらわれる「いつもと違う」変化の例】
- 遅刻、早退、欠勤が増える。
- 無断欠勤がある。または、欠勤の連絡が遅い。
- 残業や休日出勤が不釣り合いに増える。
- 仕事の能率が悪くなる。
- 業務の結果がなかなか出てこない。
- 報告・相談・職場での会話がなくなる。
- 表情や動作に元気がなくなる。
- 不自然な言動や、ミス、事故が目立つ。
- 服装や身だしなみが乱れる。
ただ、実際には、調子は悪くても、本人は「何とかがんばらなければ」とぎりぎりまで無理をしていることも多い。そのため、こうした変化に上司や同僚が気づくころには、本人の調子がかなり悪くなっていることもある。
また、たとえ、過去にどこかでメンタルヘルスに関する研修や情報提供を受けていたとしても、いざという時に、そうした情報を思い出せる人は少ない。また、精神科の病気についての誤解や偏見などがあると、相談や受診といった対応が遅れてしまうことも多い。
メンタルヘルス不調は、いつ、どの職場で起きるかわからない。適切なタイミングで必要な対応が取れるように、メンタルヘルス不調の「いつもと違う変化」や、社内・社外の相談窓口などについては、定期的に情報提供を行い、また、常に従業員の目に触れるところに掲示をしておきたい。
事例:山田さんの目に止まった1枚のポスター
「はぁ」 社内の自動販売機でコーヒーを買いながら、山田さんは深いため息をついてしまった。最近ずっと寝不足で、気持ちも体もすっきりしない日々が続いている。そんなとき、ふと目にとまったのは、自販機の近くに貼られていた1枚のポスターだった。
〈最近、ぐっすり寝られていますか?〉 というタイトルのポスターには、睡眠不足が続くと、仕事の能率も落ち、体調もだんだん悪くなるので、早めに病院に相談しましょうと、そんなことが書かれてある。「このポスター、以前からあったはずなのに、今まで全然気づかなかったなぁ」 山田さんは、このポスターが、なんだかとても大事なものに思えてきた。
今回のポイント:「いつもと違う変化」に気をつける
今回は、メンタルヘルス不調の初期症状について紹介した。メンタルヘルス不調の兆候としては、不眠など睡眠リズムの乱れや、食欲の低下、疲労感、業務能率の低下など「いつもと違う変化」が見られる。しかし、本人はなかなか病気の症状だとは気づかず、何とかしようとがんばり続け、ストレスをためてしまう悪循環に陥ってしまうことがある。
また、病気に関する情報は、ふだん目にしていたとしても、記憶に残ることは少ない。いざというときに、必要な情報が目につくように、メンタルヘルス不調の初期症状や兆候や相談窓口などについて、繰り返し、何度も情報提供をしておきたい。
次の記事へ:部下の様子が心配な時、上司はどうすればいい?
「こんな時どうすれば!? 事例で学ぶメンタルヘルス不調の職場復帰支援」記事一覧
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- 復職して半年が過ぎたら(全体のまとめ)
上記の記事は、雑誌『安全と健康』(中央労働災害防止協会)に2018年1月号〜12月号に寄稿したものを再編集したものです。