
「就業制限の内容はどの程度詳しく書くべきか?」
「人事異動の提案は意見書に含めても良いのか?」
「意見書を作成する前に人事部と相談した方が良いのか?」
産業医として活動していると、こうした疑問を持つことが多いでしょう。産業医の意見書は、従業員の健康管理において非常に重要な文書です。企業はこの意見書を基に、就業制限や職場での配慮を決定し、従業員の健康を守るための措置を講じます。そのため、意見書の内容は従業員の働き方や職場環境に大きな影響を与えます。
しかし、意見書の内容が不適切だと、以下のような問題が起こる可能性があります。
- 従業員に必要な健康管理措置が実施されない
- 産業医と企業の連携がうまくいかない
- 職場内で混乱が生じ、従業員との信頼関係が損なわれる
この記事では、意見書を作成する際に注意すべきポイントを具体例を交えて解説します。適切な意見書を作成することで、産業保健活動の質を向上させ、職場での実効性を高めることができます。
せっかく書いた意見書がうまく活用されないと、やっぱりちょっと悲しいですよね。
意見書作成の重要ポイント
(1) 事実と意見をはっきり分ける
意見書では、「事実や状況の説明」と「産業医の意見」を明確に分けて記載することが大切です。これにより、企業が適切な判断をしやすくなります。
例えば、「不眠の訴えがあり、就業制限が必要」と書く場合は、以下のように整理すると分かりやすくなります。
【状況】「不眠の訴えあり。日中の眠気を自覚している。」
【産業医の意見】「睡眠不足による事故防止のため、治療によって日中の眠気が改善するまで、車両の運転や重機の操作は控えることが望ましい。」
このように、事実と意見を分けることで、企業が状況を正確に把握し、適切な対応を考えやすくなります。
(2) 企業の裁量を考慮し、断定的な表現を避ける
意見書は産業医が医学的な視点から助言するものであり、企業が職場の状況を考慮して対応を決定するための参考情報です。そのため、企業が職場の状況に応じて柔軟に判断できるように、断定的な表現は避けるべきです。
例えば、「短時間勤務が必要」と書くと、企業の選択肢が狭まる可能性があります。代わりに、「残業時間の制限が望ましい」「通勤ラッシュを避けるため、時差通勤の利用も検討してください」といった表現を使うことで、企業が状況に応じた判断をしやすくなります。
(3) 人事異動については慎重に
人事異動は企業の専権事項であり、企業が独自に判断して決定することができます。人事異動は経営戦略や組織運営に関わる重要な決定事項です。そのため、主治医や産業医が「復職にあたって部署異動が必要」と断定的に述べると、社内で無用なトラブルや混乱を引き起こす可能性があります。代わりに、医学的な観点から「このような業務調整が望ましい」と提案する方が、人事担当者に受け入れられやすくなります。
これは本当に気をつけたいところです!
職場の事情をふまえずに「異動が必要」と言い切ってしまうと、人事の方が対応に困ることもあるようです。
避けるべき意見書の書き方:
•「復職にあたり、営業職から内勤へ異動させること」
•「〇〇部署への配置転換が必要」
適切な書き方の例:
•「現在の業務による心身への負担が大きく、異動を含め、業務内容の調整をご検討ください」
•「対人業務による精神的負荷を軽減することが望ましいです。」
(4) 事前に職場との調整を行う
意見書を作成する前に、職場の実態や対応の可否を確認することも重要です。例えば、時差通勤の提案をする場合、企業にその制度があるかどうかを事前に確認しておくことで、現実的な提案が可能になります。
また、人事担当者や職場の上司と相談し、従業員の業務内容や職場環境について情報を共有することで、より実効性のある意見書を作成できます。
(5) 期限や見直し時期を明記する
意見書には有効期限を明記し、定期的なフォローアップの必要性を記載することが望ましいです。例えば、「産業医面談を行い、就業制限を再検討する」と明示することで、企業が適切なタイミングで状況を見直すことができ、産業医の意見が長期間放置されることを防げます。
有効期限をつけたことで、就業制限中の人の状況を把握しやすくなりました。
例:「意見書の有効期限:2024年1月末まで(その後は産業医面談を行い、再検討します)
次回面談予定:2024年1月20日
具体的な事例から学ぶ
(1) 成功事例:職場と連携した柔軟な対応
ある企業では、長時間労働が続いている従業員に対し、産業医が面談を実施しました。面談の結果、不眠の症状が見られたため、産業医は「当面は時間外労働の制限を行うこと」と記載した意見書を作成しようと考えました。しかし、その職場は繁忙期であり、単に意見書を発行するだけでは十分な業務調整が行われない可能性がありました。
そこで、産業医は意見書を発行する前に、その部署の上司と直接相談することにしました。上司と話し合いを重ねた結果、従業員の体調悪化を防ぐための具体的な調整の可否を確認し、無理のない範囲で業務負担を軽減する方法を検討しました。
この事例が示すのは、産業医が単に意見書を作成するだけでなく、上司と情報共有を行い、職場の状況を踏まえた調整を提案することの重要性です。こうした連携によって、従業員の健康管理に対する職場の理解が深まり、より実効性のある対応につながります。
(2) 注意すべき事例:断定的な表現によって職場が混乱
別のケースでは、うつ病を抱える従業員の復職支援のため、産業医が「営業職から内勤へ異動することが必要」と意見書に記載しました。しかし、その結果、職場内で軋轢が生じてしまいました。
問題となったのは、「異動が必要」と断定的に表現した点です。この企業では、メンタル不調を抱える従業員が内勤へ異動するケースが増えており、管理職や事業部門の担当者の間で懸念が広がっていました。そのため、「異動が必要」という産業医の意見が、職場の実情を十分に理解していないものと受け取られ、反発を招く結果となりました。
この状況を改善するために、産業医はまず人事担当者から営業部門の状況について詳しく話を聞きました。その後、営業部門の担当者や職場の上司とも協議し、意見書の表現を「復職後、当面は対人的な業務の負担を軽減することが望ましい」と修正しました。さらに、復職後にいきなり営業業務を再開するのではなく、段階的に業務負担を調整するための職場復帰支援プランを、職場と共同で作成しました。
この事例から学べるのは、産業医が意見書で断定的な表現を用いることで、職場との摩擦が生じるリスクがあるということです。柔軟な表現と具体的な提案を組み合わせることで、企業側の受け入れやすさが向上し、職場の理解やサポートを得ることができるのです。
意見書の内容を「どうしようかな」と迷ったときは、まずは人事担当者や職場の上司に相談してみることが大切です。
まとめ:意見書作成前のチェックリスト
従業員の健康管理に関する産業医の意見書を作成する際には、以下のポイントを意識して書くことが重要です。また、意見書の書式のひな型を「産業医の意見書の書式」の記事で公開していますので、参考にしてください。
- 事実と意見を明確に区別して記載したか
- 企業の判断余地を残す表現になっているか
- 人事異動について慎重に言及しているか
- 職場との事前調整を行ったか
- 有効期限とフォローアップ計画を明確に記載したか
これらのポイントをしっかりと考慮することで、より効果的な意見書を作成することができます。