
「診断書には『在宅勤務なら復職可能』と書かれているが、本当にそう判断していいのだろうか?」
「復職可とも復職不可とも言い切れない場合、会社や社員にどう説明すればよいのか?」
産業医が復職の可否を判断する際、単純に「復職可」または「復職不可」と結論づけられないことがあります。この記事では、そうした難しいケースにおいて、産業医がどのように考え、企業に助言すべきかを具体的な事例を交えて解説します。
この内容は、産業医として駆け出しの頃に、先輩の先生に教えていただいたものです。
実際の現場で何度も助けられてきた、“とっておきの工夫” のひとつです。
自分と同じように悩んでいる先生に、ぜひ届いてほしいと思っています。
復職可否を単純に言えないケース
事例:松葉杖が必要な従業員の復職
ある従業員が足を骨折して入院し、現在は自宅療養中です。術後の回復は順調ですが、両松葉杖を使用しており、屋外での移動が難しい状況です。
この従業員は「長期間の休職は職場に迷惑をかける」と考え、早期の復職を希望しています。診断書には「在宅勤務なら復職可能。週1日程度の出社も可」と記載されています。これを受け、会社は産業医に復職の可否を判断するよう求めました。
産業医が考慮すべきポイント
このような事例では、産業医は次の3つの視点から復職可否を判断する必要があります。
- 復職のタイミングは適切か?(回復の見込みと職場の受け入れ態勢)
- 出社は可能か?(通勤・職場内での移動の安全性)
- 在宅勤務は可能か?(会社の制度や業務内容との整合性)
① 復職のタイミングが適切か
今回のケースでは、数週間後には片松葉杖に移行し、最終的には杖なしで歩行できる見込みです。無理に早く復職するよりも、十分に回復してから復職した方が、本人にも職場にも負担が少ないでしょう。
ただし、休職期間が残り少ない、業務の引継ぎが必要、職場の業務負荷が高いなど、復職を急ぐ理由がある場合もあります。会社や本人の事情を考慮し、現実的な復職のタイミングを調整することが重要です。
② 出社可否の検討
この従業員は両松葉杖での移動が必要です。一般的には「片松葉杖で歩行が可能になってから復職」とするのが多いですが、会社側に「どうしても出社が必要」という事情がある場合、通勤手段の確保があれば出社も選択肢に入ります。
例えば、混雑する時間帯を避けた時差出勤や、タクシー通勤(会社負担)、マイカー通勤などが考えられます。ただし、これらの調整が可能かどうかは企業の制度や職場環境によるため、企業と協議しながら判断する必要があります。また、両松葉杖の状態では社内の移動にも支障が出る可能性があるため、安全対策が必要です。
③ 在宅勤務の運用
在宅勤務制度を活用すれば、業務を続けながら回復を待つことができます。骨折は時間とともに回復するため、一時的な特別措置として在宅勤務を適用するのは合理的な選択肢です。
ただし、在宅勤務の適用範囲は企業ごとに異なるため、事前に会社の規程を確認する必要があります。業務内容が在宅勤務に適しているか、職場での運用に問題がないかも検討しなければなりません。
意見書の記載例
復職の可否を単純に示せないケースでは、「どのような環境調整があれば復職が可能なのか」を明確にし、企業がその調整を実施できるかどうかを判断できるようにすることが重要です。
単に「復職可」または「不可」と述べるのではなく、「こんな条件が整えば復職可能ですよ」と具体的に示すようにします。
産業医の意見書は次のような構成にすると良いでしょう。
- 復職可能な環境調整の例を提示し、その実施可否を企業に確認。
- そのような配慮が可能であれば現状で復職可。
- 難しい場合、企業が対応可能な調整案を検討してもらい、その条件で復職できるようになるまで回復を待つ。
実際の意見書は次のようになります。この意見書を用いて、企業の担当者にも説明し、今後の対応について具体的に話し合うと良いでしょう。
現在の状況:
- 従業員は足の骨折で治療中です。現在は両松葉杖を使用しており、自宅内の移動は可能ですが、外出には支障があります。
- 本人は復職を希望し、「週4〜5日の在宅勤務なら復職可能。出社は週1日まで」との主治医の診断書を提出しています。
- 順調に回復すれば、今後数週間以内には片松葉杖での歩行が可能になる見込みです。
産業医の意見:
- 両松葉杖の状態では、公共交通機関を利用した通勤や社内移動にリスクが伴います。そのため、片松葉杖での歩行が可能になってから復職することが望ましいと考えます。
- ただし、現状でも、本人が希望するように「週4〜5日の在宅勤務」が実施可能であれば、復職は可能と思われます。
- 両松葉杖の状態で出社する場合は、通勤時の安全を確保するため、混雑する時間帯を避ける、タクシー通勤やマイカー通勤を認めるなどの方法を検討することが必要です。
- 上記2〜3のような調整ができない場合には、職場で実施可能な範囲の対応を検討してください。その調整内容を元に、復職の可否を再検討します。必要に応じて主治医の意見も確認します。
- 職場で実施可能な調整のもとで安全に通勤・勤務できるようになるまでは、自宅療養を継続することが適切です。
まとめ
産業医が復職可否を判断する際には、医学的な適応や回復状況だけでなく、職場環境の調整の可能性や業務遂行の実現性を総合的に考慮することが重要です。単に「復職可」「復職不可」と述べるのが難しい場合には、復職を可能にする条件や必要な配慮を示し、企業と従業員が適切な判断を行えるよう助言することが求められます。
判断が難しいと感じたときは、職場の上司や人事担当者に相談してみましょう。
「こういう条件であれば復職できそうか?」「このような調整は職場で対応できそうか?」など、具体的なイメージを共有しながら話し合ってみるのがおすすめです。
復職可否を単純に判断できないケースでの、産業医の意見の伝え方のポイント
- 単に「復職可能か」ではなく、「どんな条件が整えば復職可能か」を示す
- 職場環境の調整を企業と協議し、現実的な対応策を検討する
- リスクを適切に伝え、企業と従業員が納得できる意思決定をサポートする
産業医の役割は、企業と従業員双方の状況を踏まえ、合理的かつ安全な復職の選択肢を示すことです。医学的判断だけでなく、職場環境や業務の特性も考慮し、現場で実現可能な形での復職支援を行うことが求められます。