前回までのあらすじ
前回(体調の変化に気づいたとき、どうすればいい?)は、新しい部署への異動や業務多忙などを背景に、だんだんと不眠症状に悩まされる従業員の様子を紹介した。寝不足のせいで業務効率が低下し、そのために残業がさらに増えてしまうという悪循環だ。そうした体調の変化は、職場ではどのように現れるのだろうか。また、部下の様子の変化に気づいたときに、上司はどのように対応すればよいのだろうか。
事例:部下の山田さんのことを心配している鈴木課長
ある電気機器メーカーのマーケティング部門でマネジャーをしている鈴木課長は、最近、ある部下のことが気になっている。その部下とは、約1年前に営業現場から異動してきた山田さんだ。30代の男性社員で、まじめで努力家、慣れない業務にも積極的に取り組んでくれている。人当たりもよく、周囲からも頼りにされている人物だ。
ここのところ、新製品のキャンペーンの準備に追われて、職場全体が忙しくなってきている。山田さんも、異動してまだ1年だが、よくがんばってくれていると思う。しかし最近は、なんだか以前より元気がないようだ。デスクで作業をしているときや、廊下ですれ違うときなど、表情が疲れているようにも見える。担当している仕事にも、少々、遅れが目立つ。周りのメンバーからも、山田さんの様子の変化を心配する声があがってきている。
残業続きで疲れがたまっているのだろうか。ある日、鈴木課長は、山田さんの席に近づいていき、声をかけてみた。
「山田さん、最近疲れているみたいだけど、大丈夫かな?」
「あ、鈴木課長」山田さんは作業の手をとめ、顔を上げた。
「確かに、残業が続いてますけど、大丈夫です。今週中にこの資料を終わらせないといけないんですが、何とかがんばります。お気づかいありがとうございます。」
そう答える山田さんの姿は、一見、いつもと変わらないようにも見える。仕事が忙しくて疲れているのは、まわりのみんなも一緒だし……考えすぎかもしれないな。そう思った鈴木課長は、しばらく様子を見ることにした。
ところが、その後、山田さんはますます元気がなくなっていった。以前のような明るさは姿を消し、ため息をついていることも多くなり、仕事の遅れや、ちょっとしたミスも目立つようになった。ある時、山田さんから「調子が悪いので午前半休したい」と連絡があった。心配になった鈴木課長は、午後から出社してきた山田さんをつかまえて、会議室で話を聞くことにした。
「体調は大丈夫? 最近、ちゃんと寝られてるの?」と鈴木課長が問いかけたところ、しばらくの沈黙のあと、山田さんはポツポツと話し始めた。
「実は、2カ月ほど前から、仕事のことが気になってしまって、あまりよく寝られないんです。寝不足のせいか、集中力がなくなって、なかなか考えがまとまらずに……いろいろ遅れてしまって、申し訳ありません。」
今まで聞いたことが無いほど弱々しい声で話す山田さんは、そう言ったきり、うつむいてしまった。まさか、そこまで思いつめていたなんて……。こんな時に、どう声をかけてよいのか、鈴木課長は言葉につまってしまった。
解説:部下の〈変化〉に気づいた時にどうすればいい?
メンタルヘルス不調の兆候は「いつもと違う変化」として現れる。特に職場では、勤怠の変化や業務パフォーマンスの変化として現れることが多い(前号参照)。
こうした変化に気づいたとき、上司は、部下に「どうしたの?」と声をかけるようにする。その際には、なるべく部下の話に口をはさまず、じっくりと耳を傾けることが大切である。会議室など、プライバシーが守られる環境で、時間をとって話を聞くことが望ましい。
ただし、最初から部下がいろいろと話してくれるとは限らない。たいていは「大丈夫です」などと言って、あまり話をしてくれない。そんなときは、それ以上追求せずに、いったん様子を見ることをおすすめする。
その後、1~2週間しても、まだ気になる様子が続いていれば、あらためて声をかけて話を聞いてみる。勤怠の変化や、業務効率の変化など、気になる点があれば「以前と様子が違っているので心配だ」と伝える。さらに「きちんと寝られてる?」など、睡眠や食事についてたずねてみるといい。
部下が話をしてくれたときには、何かアドバイスをしようとはせず、「そうか、調子が悪いんだね」「どんな具合なの?」「それはつらいね」などと、ただ話を受け止めながら話を聞く。
話を聞いて、何か健康上の問題がありそうだと感じた場合や、あるいは、健康上の問題について自分では判断できないと思った場合には、人事担当者や健康管理の担当者に相談してみよう。部下が話をしてくれないときも同様だ。いつまでも様子を見守り続けるのではなく、必ず誰かにつなげることが肝心だ。
事例:人事担当者に対応について相談してみた
山田さんの話を聴いた後、どう対応しようか迷った鈴木課長は、人事担当者に相談してみた。人事担当者も、山田さんの様子を心配し、翌週に来社する産業医の面談を受けるようすすめてくれた。本人には「山田さんのことが心配で、人事担当者に相談した結果、産業医面談を受けるよう指示された」と伝えてもよいとのことだった。
また、当日は、健康管理室まで鈴木課長も一緒についてきてほしいと言われた。その方が本人も安心だし、職場での対応が必要な場合に、面談後にすぐに申し送りができるからとのことだ。人事担当者にそう言われて、鈴木課長は少し胸のつかえが取れたような気がした。
今回のポイント:上司の対応は「気づく・声をかける・つなぐ」
今回は、部下の様子の変化に気づいたときの上司の対応について解説した。メンタルヘルス不調の兆候としては、勤怠の変化や業務パフォーマンスの変化などが見られる。そうした変化に気づいたときに、上司が何もしないで様子を見ていると、部下の体調はどんどん悪化してしまうかもしれない。
部下のいつもと違う様子の変化に「気づく」「声をかける」「窓口につなぐ」というのが、上司の大切な役割である。いざというときに、上司が悩まなくてすむように、こうした対応については、管理職むけの研修などで繰り返し説明しておこう。
次の記事へ:まさか自分がうつ病!? 会社を休まなければいけないの?
「こんな時どうすれば!? 事例で学ぶメンタルヘルス不調の職場復帰支援」記事一覧
- 体調の変化に気づいたとき、どうすればいい?
- 部下の様子が心配な時、上司はどうすればいい?
- まさか自分がうつ病!? 会社を休まなければいけないの?
- 自宅療養中の従業員と連絡が取れない!
- 休業中の従業員との定期的な連絡
- 生活記録表を用いた復職可否の判定
- 不調の原因とストレスの対処法を振り返る
- 職場復帰支援プランの作り方とポイント
- いよいよ復職初日! 復職直後の過ごし方
- まだ無理は禁物! 復職1~2カ月目の過ごし方
- 復職3~4カ月目に気をつけること
- 復職して半年が過ぎたら(全体のまとめ)
上記の記事は、雑誌『安全と健康』(中央労働災害防止協会)に2018年1月号〜12月号に寄稿したものを再編集したものです。