前回までのあらすじ
前回(部下の様子が心配な時、上司はどうすればいい?)は、部下の不調に気づいた上司が人事担当者に相談し、産業医面談につなげる場面について説明した。今回はこの続きの場面を、体調を崩している従業員の立場から考えてみよう。スムーズに治療につなげるためにはどんな工夫が必要だろうか。
事例:産業医面談を受けることになった山田さんの気持ち
ある電機メーカーの本社事業所で働く山田さんは、ここ数カ月ほど体調がすぐれず、次第に、勤怠や業務にも影響が出るようになってしまった。その様子を心配した上司の鈴木課長にすすめられ、山田さんは産業医との面談を行うことになった。
会議室で山田さんを待っていた産業医は、やさしそうな50台の男性医師だった。「それで、どうしたんですか?」と産業医に促され、山田さんは、最近の体調や職場での様子を話した。ひととおり話をしたところで、産業医の先生が言うには、仕事の疲れがたまっており、いろいろな症状も出ているため精神科を受診するようにとのことだった。
さらに「受診した結果によっては会社を休んだ方がよいかもしれない」とも言われ、山田さんはショックを隠しきれなかった。ストレスで寝付きが悪くなることはこれが初めてではない。これまでは、しばらくがんばっているうちに何とかなってきた。今回はどうしてしまったんだろう。自分の努力が足りなかったのだろうか。
病院を受診して、もし会社を休むように言われたら、 今後の仕事やキャリアはどうなるのだろう。最悪、会社を辞めなければいけなくなるかもしれない。そう思うと、情けないやら、悔しいやらで、目に涙があふれてきた。
産業医の先生との面談が終わった後、一緒に話を聞いてくれていた保健師さんと、上司の鈴木課長、人事部の担当者と山田さんの4人で、今後の対応について話をすることになった。まず、保健師さんから、産業医の面談の結果について説明があった。鈴木課長も人事担当者もメモを取りながら熱心に話を聞いていた。それを見ているうちに、山田さんは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになってきた。
鈴木さんが「山田さん、仕事のことは心配しないでいいから、まずは専門の先生にみてもらおうよ」と声をかけてくれた。しかし、山田さんにとって精神科の受診は初めてで、どこの病院を受診すればよいか見当もつかない。いろいろ考えようとはするのだが、頭の中はぐるぐると混乱するだけで、どう返事をすればよいかわからず、黙り込んでしまった。
その様子を見ていた保健師さんが「会社の近くのメンタルクリニックは、予約も取りやすくておすすめですよ。よければ、この後、すぐ電話しましょうか」といってくれた。山田さんは「はい、お願いします」と答えるのが精いっぱいだった。
「安心して治療に専念できる環境」を整えるために必要なこと
うつ病など、メンタルヘルス不調になった従業員は、病気のこと、治療のこと、仕事のこと、経済的なことなど、さまざま不安におそわれる。自分自身のふがいなさや情けなさを責める人もいれば、まわりの人や環境を責めてしまう人もいる。
メンタルヘルス不調の治療においては、通院と服薬、休息が重要である。本人が安心して治療できるよう、産業保健スタッフ・人事担当者・管理監督者が連携して治療の環境を整えたい。
病気のために判断力や決断力が落ちているときには、受診するかどうか、本人の気持ちがなかなか定まらないこともある。そこで、受診する病院の例をあげたり、すぐに予約を取るようすすしたり、産業医から診療情報提供書(紹介状)を書いたりして、受診につなげるようにしたい。確実に受診してもらうためには、受診結果を連絡してもらったり、家族や上司に付き添ってもらったりする方法もある。
また、休業が必要なときには、業務の引き継ぎにはあまり時間をかけず、すみやかに自宅療養を開始したい。中には、責任感が強く、しっかりと引き継ぎをしなければ休めないと考える人もいるが、体調の悪いときには負担も大きい。引き継ぎの作業は半日から1~2日、長くても3日以内には終わらせて、できるだけはやく自宅療養を開始できるようにしよう。
また、本人が安心して治療に専念できるよう、休業期間やその間の賃金などについて、具体的にわかりやすく説明することが大切だ。体調が悪いときには、細かいところまで十分に理解することは難しいため、家に帰ってから確認できるように資料を渡し、説明は手短にすませるようにしよう。従業員への説明用紙を作成する際には、参考資料にあげた『うつ病・メンタルヘルス不調 職場復帰サポートブック』や『メンタルヘルス不調者の職場復帰支援マニュアル』などのひな形を参考にするとよいだろう。
事例:その後の山田さん
上司や人事担当者との面談を終えた後、山田さんは保健師さんに案内された病院にすぐに電話をかけた予約を取った。数日後、病院を受診したところ、やはり主治医からは「しばらく会社を休んで自宅療養した方がよい」と言われ、「自宅療養が必要」と書かれた診断書を持たされた。
受診の翌日、山田さんは診断書を会社に提出し、あらためて、人事担当者・保健師・上司とで今後の段取りについて打ち合わせを行うことになった。休業できる期間やその間の賃金についての説明資料をもらい、明日までに最低限の業務の引き継ぎを行って、あさってから休業することになった。山田さんは、不安なような、ほっとしたような複雑な心境だった。
今回のポイント:安心して治療できる環境をすみやかに整える
メンタルヘルス不調を発症した従業員は体調のこと、仕事のこと、今後のことなど、さまざまな不安におそわれる。そのために、体調のことを上司に相談できなかったり、病院を受診できなかったり、会社を休みたがらなかったりするケースも多い。
こうした場面では、従業員の不安な気持ちに耳を傾けつつ、すみやかに受診できるよう、また、安心して自宅療養できるよう、産業保健スタッフ・人事担当者・管理監督者が連携して対応しよう。そのためには、社内の休業制度に関する説明資料や、すぐに受診できる医療機関のリストなどを、事前に準備しておきたい。
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「こんな時どうすれば!? 事例で学ぶメンタルヘルス不調の職場復帰支援」記事一覧
- 体調の変化に気づいたとき、どうすればいい?
- 部下の様子が心配な時、上司はどうすればいい?
- まさか自分がうつ病!? 会社を休まなければいけないの?
- 自宅療養中の従業員と連絡が取れない!
- 休業中の従業員との定期的な連絡
- 生活記録表を用いた復職可否の判定
- 不調の原因とストレスの対処法を振り返る
- 職場復帰支援プランの作り方とポイント
- いよいよ復職初日! 復職直後の過ごし方
- まだ無理は禁物! 復職1~2カ月目の過ごし方
- 復職3~4カ月目に気をつけること
- 復職して半年が過ぎたら(全体のまとめ)
上記の記事は、雑誌『安全と健康』(中央労働災害防止協会)に2018年1月号〜12月号に寄稿したものを再編集したものです。