
「残業の制限について『必要』と書くべきか、それとも『望ましい』と書くべきか……」
「車の運転を『禁止するべき』か、それとも『控えてください』と書くべきか、どちらが良いのか……」
産業医として意見書を作成する際、どの程度まで強く表現すべきか迷うことがあります。意見書は、産業医学の観点から事業者に情報を提供する文書であり、最終的な決定権は事業者にあります。しかし、意見書の内容がそのまま決定事項として扱われることも多く、適切な措置が誤解なく実施されるためには、表現の選び方が重要です。本記事では、就業制限の表現をどの程度強くすべきかについて解説します。
意見書の役割と表現の重要性
産業医の意見書は、従業員の健康と安全を守るために必要な措置を事業者に提案するものです。ただし、事業者は意見書の内容をそのまま実施する義務はなく、職場の状況や従業員の希望を考慮しながら最適な対応を決定します。そのため、意見書の表現が適切でないと、事業者の判断を誤らせたり、職場での混乱を招くことがあります。
特に、表現の強さが問題になる場合は、慎重に言葉を選ぶ必要があります。強い表現は意図を明確に伝えますが、事業者に過度なプレッシャーを与えることもあります。一方で、柔らかい表現は受け入れやすいですが、意図が不明確になり、適切な対応が取られないリスクもあります。したがって、産業医としては状況に応じた表現の使い分けが求められます。
産業医によって好みの違いはありますが、
人事担当者にとって分かりやすく、受け入れられやすい書き方の一例をご紹介します。
表現の強さとその使い分け
意見書の表現は、状況に応じて調整することが重要です。特に緊急性が高い場合は、事業者が迅速に対応できるよう、明確で強い表現を用いるべきです。一方で、事業者の裁量が大きい場合は、提案の形で柔らかい表現を使うことが望まれます。
(1) 強い表現を使うべきケース
強い表現を使うべき状況は、従業員の健康や安全に対するリスクが高い場合や、事業者に検討の余地がない明確な対策が必要な場合です。
例えば、睡眠時無呼吸症候群の症状があり、日中に強い眠気を感じている従業員がいる場合、作業中の事故を防ぐために営業車両の運転や重機の操作を制限する必要があります。このような場合は、「直ちに運転を禁止してください」といった強い表現を使うことで、事業者が迅速に対応しやすくなります。
また、明らかに就労が困難な状況では、「休業が望ましい」という曖昧な表現ではなく、「休業が必要です。最低限の引き継ぎを済ませ、今日または明日にも休業してください。」といった具体的で明確な表現を用いることで、必要な措置が適切に実施される可能性が高まります。
(2) 柔らかい表現が有効なケース
一方で、事業者の裁量が大きい措置については、強い表現を避け、提案の形で記載することが重要です。特に人事異動や配置転換に関しては、慎重な伝え方が求められます。
例えば、「営業職から内勤職場への異動が必要」と断定的に記載すると、事業者が産業医の意見を強制と受け取り、反発を招く可能性があります。代わりに、「対人折衝の業務によるストレスを軽減することが望ましい。復職後3ヶ月程度は、交渉業務ではなく、作業的な業務を優先することが適しています。」といった表現を用いることで、事業者が適切な範囲で業務を調整できるようになります。
異動について言及したい場合には、「本人の適性を考慮し、部署移動等も含めた環境調整をご検討ください。」といった提案にとどめ、柔軟に対応できる余地を残すことが望ましいです。
「まわりくどいなあ」と思われるかもしれませんが、人事担当者の方にもさまざまなタイプの方がいらっしゃいます。異動や配置転換などの話題には、特に慎重に言及しましょう。
異動の必要性について意見書に記載する前に、事業者側と事前に調整することも重要です。例えば、「部署異動は現実的に可能か?」「会社側は本人の業務適正をどのように判断しているか?」「会社側はどう対応しようとしているか?」などを事前に確認し、事業者の意向を把握した上で意見書の表現を調整することで、より適切な対応を促すことができます。
まとめ
意見書の表現を選ぶ際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 健康や安全のリスクが高い場合:強い表現を用いて迅速な対応を促す
- 事業者の判断に委ねる部分が大きい場合:柔らかい表現で提案の形にする
- 異動や配置転換など、事業者の専権事項に関わる場合:断定せず、事前に相談の上で適切な表現を選ぶ
- 意見書の内容を現場がどのように受け取るかを考慮し、誤解を避ける表現を使う
産業医の意見書では、強い表現と柔らかい表現のバランスが重要です。健康や安全に関する緊急性の高い問題には、明確で強い表現を用いることで、適切な措置が迅速に実施される可能性が高まります。一方で、事業者の判断が必要な事項については、柔らかい表現を用いることで、受け手に配慮しつつ意図を伝えることができます。
意見書の表現を適切に使い分けることで、事業者の意思決定をサポートし、従業員の健康と安全を確保するためのより良い職場環境づくりに貢献できるでしょう。