会社内で頻繁に話題となる「若手社員の離職」「メンタルヘルス」の問題は、「個人の適性」や「現場の指導方法」、「会社の育成方針」「採用における課題」など、いろんな問題が関わるため、議論が混乱しがちです。
しかし、若手社員のストレスやモチベーションの問題を、キャリア発達や組織の理論からひもとくと、入社1年目から10年目までの期間には、誰もが直面しうる「キャリアとメンタルヘルスの構造的な難所」が存在することが分かります。
なぜ、まじめで優秀だったはずの新人が辞め、頼りになる中堅社員が疲れ切ってしまうのでしょうか? この記事では、若手社員のキャリアの段階ごとに訪れる「3つの難所」と、見落とされがちな「異動時のリスク」について、産業医の視点からその課題と対策を説明していきます。
第1の難所:入社直後~1年目の「理想が壊れ、自分の居場所を探す時期」
入社直後の時期は、学生から社会人への役割の変化に伴うストレスが最も高い時期です。新人のメンタルヘルス不調は個人の資質の問題だと思われがちですが、データを見ると入社後半年の間に約7割の新社会人が『こころの不調』を感じているという調査結果があります。
◆主な要因
- リアリティ・ショック: 入社前に抱いていた理想と、実際の業務内容や職場環境とのギャップに直面し、心理的な衝撃を受ける状態です。「思っていたような仕事・環境ではない」「想像より人間関係がドライだ」「雑務が多い」といった、期待と現実の落差に戸惑います。こうしたズレは、心理学でいう『認知的不協和』と呼ばれる不快感や緊張感を引き起こします。人はこの不快感を和らげようとして、「自分が間違った選択をしたのではないか」あるいは「会社のほうがおかしいのではないか」といった受け止め方をしやすくなります。
- 心理的な孤立やサポート不足:こうした現象は新しい環境に入った際(就職・異動・昇進など)には多く見られますが、環境への適応が進めば自然と軽くなります。しかし、心理的な孤立や周囲のサポート不足が続くと、ストレスが増大し、不調が慢性化するリスクがあります。
◆対策:心理的な安全地帯の確保
不調を防ぐ鍵は、「思っていたのと違う」という戸惑いをひとりで抱え込まないように、安心して職場に慣れていける環境を用意することです。

- 期待と現実のすり合わせ:早い段階で「実際の仕事で大変な点」「最初はできなくて当たり前なこと」「よくつまずくポイント」を共有します。上司や先輩が経験を具体的に示すことで、理想(期待)と現実のギャップを「就職の失敗」ではなく「誰でも経験するキャリアの通過点」だと理解させ、過度な落胆を防ぎます。
- 段階的な目標設定と小さな達成感:いきなり自立を求めるのではなく、段階的なゴール(例:「最初の1週間でできればよいこと」「1か月後の目安」)を示し、「自分は遅れているのでは」という不安を和らげます。
- 安心して弱音を吐ける“安全地帯”づくり: 評価や指示の立場にない先輩を相談役(メンター)にするなど、弱音や不安をそのまま出せる相手を明確にし、定期的な声かけで相談しやすい雰囲気を作ります。
大学を卒業して研修医になったばかりの頃を思い出すと、当時の指導医の先輩に、診察や治療の手技や仕事の手順だけでなく、「医師としての現実的な心構え」についてもいろいろと教わりました。そのときに学んだことは、産業医となった今でも役にたっていて、とても感謝しています。
第2の難所:2~4年目の「正解のない仕事に放り込まれる時期」
業務に慣れてきた2〜4年目前後は、周囲からの扱いが「新人」から「自律的な戦力」へと変化する時期です。この時期の「役割の曖昧さ」と「業務の質と量の変化」が、ストレスを引き起こします。
◆主な要因
- 役割の曖昧さ:この時期になると、定型的な業務を指示された通りに行うのではなく、正解を自分で考えて進めていく仕事が増えてきます。その中で、「何を、どこまで、どうやればよいのか」という自分の担当範囲や期待される成果の基準が不明確になり、不安や緊張が続きます。
- 業務の量と幅の広がり:仕事の幅が広がってくると、これまでの「コツコツと取り組むだけ」ではこなせない作業量になってきます。また、これまでの成功体験や仕事の進め方が通用しない新たな課題に直面し、難易度の上昇とスキルの不足によるストレスを感じやすくなります。
- 実績を評価されても不安が消えない、自信を持てない心理状態:実績が出始めても「自分は実力がないのに、たまたま評価されているだけだ」「いつか実力のなさが露呈するのではないか」など、新しい役割に見合った能力がないと感じて、自信を持てない心理状態に陥ることもあります。昇進・転職・異動などで新しい環境についたときに、自己肯定感が低い人ほど、こうした状態になりやすいと言われています。
「これまでと同じやり方ではついていけない」と不安を感じていても、「能力不足だと思われるのでは」と考えてしまい、自分から声を上げられない若手社員も少なくありません。
◆対策:役割を「見える化」し、社員が迷わず動けるように支える
この時期の不調を防ぐには、「自分は何を期待され、どこに向かっていけばよいのか」を本人が納得し、迷いなく進んでいける状態をつくることがポイントになります。
- 役割の明確化:上司は「何を任せているのか」「どこまで自分で判断してよいのか」「困ったら誰に相談すべきか」を具体的に伝えます。特に「優先順位の判断軸」や「このレベルまでできていればOKという基準」を共有し、不安を軽減します。仕事の量や質が増える分、本人が自分の判断で進められる範囲を増やすことが欠かせませんが、その際に「どこまで自分で判断してよいのか」が明確になっていると、安心して仕事を進められます。
- こまめなすり合わせと伴走:定期的な1on1などで、試して→振り返って→修正するプロセスを一緒に回します。最初から正解を教えるのではなく、「迷ってもよい」「試行錯誤をして立て直せる」感覚を育てます。
- 事実に基づくフィードバック:「よく頑張ってるね」という抽象的な言葉だけでなく、どの行動が、どんな成果につながったかを具体的に伝えます。工夫やプロセスを言語化することで、「たまたまではない」という実感を持つことができ、それが自信につながります。
第3の難所:5~10年目の「走り続けた先で、立ち止まる時期」
入社5年から10年目となり、いわゆる「中堅」と呼ばれるようになる世代も、メンタルヘルスのリスクが高まる時期です。仕事や私生活における役割の変化など、さまざまな責任が重なることによる負担の増加が要因です。
◆主な要因

- 複数の役割の板挟み:上司から指示された自分の業務目標の達成と、顧客からの依頼事項、部下・後輩への指導やフォローという、複数の役割の間で板挟み(役割葛藤)が生じます。限られた時間で全てのニーズに応えることは難しく、何かを優先すると他が犠牲になってしまう感覚を持ちやすいことがストレスにつながります。
- 成長実感の停滞感とキャリアの迷い:役割の頭打ち感や業務のマンネリ化により、成長の実感や将来の見通しが持てなくなる、「キャリア・プラトー(停滞)」に陥りやすい時期です。「このまま何年も同じ仕事が続くのではないか」「この状況を続けていて大丈夫だろうか」という迷いが生じやすくなります。
- 公私にわたる責任感や重圧による「燃え尽き」:結婚・出産・育児など、プライベートのライフイベントが重なりやすい時期では、環境の変化も大きくなります。そんな中、強い責任感で頑張り続けた結果、心身のエネルギーが尽きてしまい、意欲が出ない、疲れが取れないといった「燃え尽き」に至るリスクがあります。
こうして見ると、この時期の不安は「能力の問題」ではなく、仕事の構造そのものが変わることによって生まれていることが分かります。
◆対策:キャリアを再設計し、必要に応じて負荷を調整する
自律して仕事を進めていける「中堅社員」に対しても、「本人の頑張りに期待する」だけでなく、役割・将来像・負荷のかけ方を、組織として個別に調整する視点が重要です。
- 優先順位の明確化と業務負荷の調整:上司は、数字の達成と後輩の育成のどちらを最優先するのかを明確に言語化します。例えば「今期は数字の達成を優先で」など、迷った時の判断基準を示すことが有効です。あわせて、業務量の調整や権限委譲により、役割に見合った裁量と時間を確保します。
- 昇進だけではない、多様なキャリアの選択肢の提示:昇進や昇格以外の道(専門性を深める、別領域に挑戦するなど)を含めた、複数のキャリアの描き方を提示します。上司との定期的なキャリア面談を通じて「次に伸ばしたい強みは何か」を整理し、停滞感を打破します。「キャリア相談員」や「EAPカウンセラー」など、上司以外の人と相談する機会も有効です。
- 小さなサインを見逃さない、上司による継続的なケア:遅刻の増加、表情の変化など、小さな異変のサインを管理職が拾い上げます。面談で「余力はどのくらいか」「何が一番しんどいか」を確認し、業務調整や休養につなげます。
キャリアの自律とは、すべて個人任せにして、自己責任で放っておくという意味ではありません。本人が主体的に考え、自分で選べるように、組織が情報や選択肢、対話の機会を用意し、ともに方向性をすり合わせていくことまで含めた考え方です。
若手社員の「ジョブ・ローテーション」や「異動」に伴うリスク
上記とは別に、ジョブローテーションなどを目的として行われる、若手〜中堅社員の部署異動には、特有のリスクがあります。この時期の異動者は、一時的にモチベーションや自信、パフォーマンスなどが大きく落ち込んでしまう傾向があります。
◆主な要因

- 教育の省略と孤立:この時期の異動者は「もう新入社員ではないが、新しい職場では初心者である」という難しい立場に置かれます。周囲からは即戦力として期待されやすく、「もう説明しなくても分かるだろう」と、本来なら必要であった基礎的な説明やOJTが省略されがちです。結果として、本人も「誰に聞いていいかわからない」「今さら聞きにくい」と質問できず、孤立感を深めるケースが見られます。
- 学び直しの過程で生じる自己肯定感の低下:これまでの部署で成果を上げてきた人ほど、新しい環境で「以前のやり方が通用しない」という現実に直面します。慣れ親しんだ成功体験や仕事の進め方を手放し、新しい環境に合わせて知識やスキルをゼロから習得し直す「アンラーニング」の過程で、自分の強みが否定されたように感じて自信を失い、心理的な負担が大きくなります。
◆対策:”新人”として「再オンボーディング」を行う
異動者を即戦力扱いせず、あえて“新人と同じように受け入れる”という「再オンボーディング」の発想が有効です。オンボーディングとは、新しい人材を組織に迎え入れ、いち早く戦力として定着・活躍できるようにサポートする一連の取り組みのことをいいます。単なる手続き的な説明や研修ではなく、「組織の文化や価値観に慣れてもらう」「人間関係を構築してもらう」「必要なスキルや知識を習得してもらう」という、総合的な支援を指します。
- 最初の落ち込みを前提とした関わり:異動直後は一時的に自信を失うのが自然であることを本人と共有し、最初の数週間〜数ヶ月を「新しい環境に慣れる期間」と位置づけ、短期的な成果を求めすぎないようにします。
- 基礎からの丁寧な受け入れ:社歴や業務経験に関係なく、部署の仕事の進め方、用語、暗黙のルールを新人と同じレベルで丁寧に共有します。相談先を明確にし「誰に聞いていいかわからない」「今さら質問できない」という状況を作らず、孤立を防ぎます。
- 学び直しを支える意味づけと伴走:これまでの成功体験を否定せず、「環境が変わったから学び直しているだけ」と伝えます。その上で、今回の異動が「何のための経験か」「将来のどんなキャリアにつながるのか」を具体的に説明し、試行錯誤や失敗を責めずに支えることで、過度な自己否定を防ぎます。
私の経験では、中途入社の産業医や産業看護職へのオンボーディング支援も重要です。他事業所のスタッフとも定期的に対話の場を設け、業務の相談や職場の悩みを聞きながら、新しい環境で活躍できるようサポートしています。
まとめ:キャリアの難所を支えるための、組織が導入すべき、「キャリアの手すりと踊り場」戦略
若手・中堅社員のメンタルヘルス不調は、決して「本人の弱さ」や「気の持ちよう」だけで説明できるものではありません。キャリアの成長段階そのものに組み込まれた「仕事の構造上の負担」として考える視点が対策の土台になります。
| キャリアの段階 | 構造的ストレス | 組織として用意するサポート |
|---|---|---|
| 1年目 | 新しい環境とリアリティ・ショックへの適応 | 安心して慣れていける「心理的に安全な場所」の確保 |
| 2〜4年目 | 役割の曖昧さと正解の見えない不安への適応 | 役割の明確化と、フィードバックによる成功体験の積み重ね |
| 5〜10年目 | 多重役割とキャリア停滞感への適応 | キャリアの再設計と、ラインによる継続的なケア |
| 異動時 | 過去のやり方の手放しと学び直しへの適応 | 再オンボーディングによる丁寧な受け入れと意味づけ |
こうした難所を本人の努力だけで乗り越えさせるのではなく、それぞれの段階に、あらかじめキャリア開発の「手すり」(日常的なサポート)と「踊り場」(立ち止まって考える機会)を設けておくことが有効です。

手すり(日常的なサポート)とは、相談できる上司や先輩の存在、役割や優先順位の明確化、こまめなフィードバックなど、日常の中で支えになる関わりのことです。また、踊り場(立ち止まって考える機会)とは、キャリア面談、異動後のフォロー面談、業務負荷の見直しなど、無理に走り続けなくてもよい「間」や、立ち止まって考える「機会」のことです。
まずは、目の前の社員が今どの段階にいて、どのようなストレスや悩みに直面しているのかを考えることで、その人が必要としている支援を見極めることができます。
私が産業医として面談を重ねる中で、繰り返し感じることがあります。それは、誰もがキャリアのどこかで迷い、立ち止まる瞬間を経験するということです。そんな時に、「相談してもいい」「一緒に考えてもらえる」と思える相手や場があるだけで、次の一歩は少し軽くなります。
日々の声かけや対話の積み重ねに加えて、安心して話ができる場所や仕組みがあること、それが社員一人ひとりの力を引き出し、挑戦を続けられる職場につながります。皆さんと一緒に、そうした土台を整えていければと思っています。





