iPhone信者の僕が、2週間の「プチ・デジタルデトックス」で取り戻した贅沢なスキマ時間

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ちょっとした空き時間や待ち時間、テレビのCM中。あるいは信号待ちのわずかな時間。 皆さんは、無意識にスマートフォンを取り出して、何かのアプリを開いていませんか? 私たちは、自分が思っている以上に、日常の「何気ない時間」をスマートフォンに差し出しています。

最近、YouTubeでデジタルデトックスを体験した人の動画を見たことがきっかけで、「自分も一度、試してみようかな」と思い立ちました。とはいえ、スマホを完全に封印したり、今さらガラケーに戻したりといった極端なことはしたくありません。

そこで、自分なりにハードルを下げて、以下の3つの「プチ・デトックス」を試してみました。

  1. 通知の厳選: メールやSNS、ショッピングアプリのなどの通知をすべてオフに。カレンダーや緊急のメッセージなどは通知を残しました。
  2. 「バッジ」の非表示: 通知をオフにするだけでなく、アイコン右上の「未読数」も出ないようにしました。
  3. SNSアプリの削除: X(Twitter)やFacebook、InstagramをiPhoneから削除。SNSは「パソコンからのみ見る」と決めました(ニュースアプリは残しました)。

私は自他共に認める「iPhone信者」で、iPhone 3Gや、Apple Watchが日本に上陸したらすぐに購入し、常に身につけているヘビーユーザーです。正直、始める前は「自分は、スマホの通知に振り回されている感覚なんてないし、それほどSNSに依存しているわけでもないので、あまり生活は変わらないだろう」と思っていました。

しかし、2週間ほど続けてみると、自分では思っていなかった、意外なことが見えてきたのです。


気づき①:「一瞬のチラ見」が、実は集中力を削っていた

一番大きな変化は、メールの通知と「未読バッジ」を消したことでした。 これまでは、通販サイトの連絡やアプリからのお知らせが届くたびに、Apple Watchをチラッと見たり、スマホの画面を確認したりしていました。

作業を中断するほどではなく、ほんの一瞬、目をやるだけ。 けれど、その「一瞬」が、実は集中力をプツプツと分断していたことに気づきました。

また、スマホのホーム画面にメールの未読数が赤い数字(バッジ)で表示されていると、それだけで「早く処理しなきゃ」という気持ちにさせられます。無意識のうちにアイコンをクリックしてメールを片付けたくなる、あの心理的な小さな焦りが、実は大きなノイズになっていたのです。

今では、昼休みや夕方にまとめてメールアプリを開き、一気に処理しています。メールの処理や返信が夕方になっても、全く問題はありませんでした。むしろ、まとめて開いた時に10通ほどのメールが届いているのを見て、「今までは、午前中だけで10回も通知で作業を中断していたんだな」 と、その回数の多さにびっくりしました。

一瞬の通知チェックやアーカイブ作業は、時間にしてわずか数秒〜10秒ほどのことかもしれません。しかし、その「小さなしつこい中断」が完全になくなったことで、目の前の作業により深く、静かに取り組めるようになった感覚があります。これは私にとって大きな収穫でした。


気づき②:「手持ち無沙汰」という感覚の再発見

SNSアプリを消した当初は、無意識に指がアプリのあった場所を探し、「あ、消したんだった」と思い出すことが何度もありました。

その習慣が落ち着いてくると、生活の中に「空白の時間」がポコポコと現れ始めました。 駅のホームでの待ち時間、休憩スペースやお気に入りのカフェでコーヒーを飲んでいる時間などです。

なかでも驚いたのは、信号待ちのわずかな時間でした。今までは、赤信号になった瞬間に、反射的にポケットへ手が伸びていたのです。「自分はそこまで無意識にスマホを使っていたのか」と、自覚のなさに少し呆れてしまいました。

正直なところ、空白の時間ができたからといって、すぐに人生が劇的に豊かになった……とまでは言えません。でも、「自分がいかに無意識にスマホに時間を使っていたか」を自覚できたこと自体が、私にとっては驚くべき発見でした。

最近は、カフェでただぼんやりしたり、メモ帳を開いて頭の中を整理したり、あるいは飼い猫の頭をただ撫でたりする時間が増えました。そうした「何もしない時間」を許容できるようになると、以前よりも心がほっとするような、本来の落ち着きを取り戻したような感覚が、確かに増えてきたように感じています。


気づき③:時間の「主導権」を取り戻す

これまで、ちょっとした隙間時間にニュースやSNSをチェックすることは、「ITツールを活用した効率的な情報収集」だと思っていました。最新のデバイスを使いこなし、常に情報をアップデートし続けることが重要で、それが「生産性が高くて、カッコイイ」と思っていたのです。

しかし、スマホとの距離を少し変えてみて気づいたのは、それは単に 「コンテンツを消費させられていただけの時間」 だったのではないか、ということです。

例えば、テレビのCM中や信号待ちのわずかな時間にニュースやSNSを眺めていても、自分の生活を豊かにするような情報は、実はそれほど得られていませんでした。そこにあるのは、小さな画面の中に映し出される「誰かの生活(しかも過剰に演出されたもの)」でしかありません。

以前の私は、「暇だなあ」「何をしようかな」と感じる隙間すらありませんでした。余白の時間が生まれる前に、無意識にスマホですべてを埋めてしまっていたからです。

そこでふと思い出したのが、ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる「時間泥棒」の話です。時間を節約すればするほど、人生から彩りが消えていく物語。1秒も無駄にせず情報を詰め込むことが「効率的」だと信じ込んでいた私は、実は灰色の男たちに時間を盗まれていただけだったのかもしれません。

今は違います。「さて、この暇な時間をどう過ごそうか」「別に何もしなくてもいいし、何かをしてもいい」。 そんなふうに、自分の時間の使い方を、自分の意思で決めるという、当たり前に持っていたはずの感覚を、時間泥棒たちから取り戻したように思います。


結論:デジタルデトックスは「遮断」ではなく「使い方の調整」から

2週間のプチ・デジタルデトックスという「実験」を経て、今後もしばらくはこのスタイルを続けていこうと思っています。

今回学んだのは、デジタルを完全に断つことではなく、「スマホを使う時間やタイミングを自分の意思で決める」 ということでした。通知によって受動的に「使わされる」のではなく、メールもSNSも、自分が見たい時に、決めた時間に見ればそれで十分だと感じます。今では、移動中にスマホを上着のポケットではなく、カバンの中に入れて持ち運ぶようになりました。

通知も未読バッジもない「静かな時間」が訪れたとき、最初は、手持ち無沙汰で、そわそわするような感覚に、少し戸惑うかもしれません。しかし、それに慣れてくると、その静かさが心地よく、そして、懐かしく感じられるようになります。

「自分はスマホ依存じゃないし、大丈夫」。そう思っている方こそ、ぜひ一度、通知をオフにしてみることをお勧めします。まずは1週間だけでも、通知設定を見直すことから、自分の時間を「再調整」してみてはいかがでしょうか。