労働安全衛生法の改正により、従業員が50名以上の企業には、従業員のストレスチェックを行うことが義務づけられました。ストレスチェックには、主に次の3つの目的があります。
(1) 従業員が自分のストレスや健康について振り返るきっかけとする
(2) 企業がメンタルヘルス対策に取り組むきっかけとする
(3) 組織分析を行い、職場や組織の環境改善や活性化につなげる
この記事では、3番目の「職場や組織の環境改善や活性化につなげるための対策」について解説します。
組織分析でどんなことがわかるか
組織分析とは、個人のストレスチェックの結果を平均化して、組織のストレスの状況を表したものです。法令では、組織分析の実施などは努力義務となっています。また、個人が特定できないよう10名以上の単位で分析を行います。
ストレスチェックで最も広く用いられている「職業性簡易ストレス調査票」では、職場のストレスについて、心身の影響、仕事の量的負担、仕事のコントロール、上司の支援、同僚の支援といった項目について分析を行っています。
(1) ストレスによる心身の影響
「疲れている」「だるい」「不安だ」「落ち着かない」「気分が晴れない」「食欲がない」「よく眠れない」「頭が痛い」など、ストレスによって生じる心身の影響を調べます。この点数が高い場合には健康状態に注意が必要です。ただし、うつ病などのメンタルヘルス疾患を診断するためのものではありません。
(2) 仕事の量的負担
「業務量の多さ」「時間に追われている」「仕事をこなすのに相当の努力が必要」「難しい仕事だ」など、業務を行うときの負担の大きさを調べます。仕事の量的負担が大きいほど、仕事のストレスが大きくなります。
(3) 仕事のコントロール
仕事のコントロールとは、仕事の進め方についての裁量度や自由度のことです。例えば、仕事の進め方やペースなどを自分で決められるかどうか、仕事の方針に自分の意見を反映できるかどうか、などを調べています。裁量度や自由度が高いほどストレスは小さくなり、裁量度や自由度が低いほどストレスは大きくなります。
(4) 上司の支援、同僚の支援
周囲からの支援が大きいと、ストレスの影響は小さくなります。この項目では、上司や同僚の支援について「困った時に気軽に話ができるか」「困った時に頼りになるか」などを調べています。支援の点数が高いとストレスは小さくなり、点数が低いとストレスは大きくなります。
仕事のストレス判定図
仕事のストレス判定図とは、上記の尺度のうち「仕事の量的負担と仕事のコントロール」、「上司の支援と同僚の支援」をそれぞれ2つのグラフに示したものです。自分の組織の分析結果を、全国平均や社内平均とわかりやすく比べることもできます。
ただし、組織分析の結果を見るときには、この判定図に含まれていない他のストレス要因も考慮しなければいけません。従業員意識調査など、社内で行われている他のアンケート調査や、職場からの聞き取り調査など、他の情報源も活用しながら分析しましょう。
組織分析の「NG集」
組織分析の結果は、職場のストレス対策や活性化対策を進めていく上で、とても重要な資料となります。ただし、使い方を間違えると、かえって職場のストレスを高めてしまったり、取り組みにブレーキをかけてしまったりすることもあります。組織分析の結果を活用するときには次のような点に気をつけましょう。
(1) これはNG『組織別に順位をつけ、良し悪しを比較できるようにする』
組織分析を行う時に、部署別、グループ別などの点数を比較したいと考えるのは自然な発想です。しかし、例えば、点数の高い順に並べたものを職場の全体会議などで発表してしまうと、「あの職場は問題だ」とか「あの上司のマネジメントが原因だ」などと、悪者探しや犯人探しが始まってしまいます。その結果、かえって不満やストレスが高まったり、改善へのモチベーションが下がったりして、対策を実施しにくくなることがあります。
こうすればOK: 組織別の点数が比較できる一覧などは開示せず、「会社全体と、自分の職場」のみを比較した結果を用いて個別にフィードバックを行ったり、職場の名前を表示せず、ばらつきのみを表示したりするとよいでしょう。あるいは、初年度は、個々の組織の分析は行わず「部全体」「本部全体」「会社全体」など、大きな単位での分析結果を参考にして、みんなで対策を考えていくという方法もあります。
(2) これはNG『対策や改善を行わない、対策や改善を現場に丸投げする、あるいは、すべての職場に一律の対策を行う』
ストレスチェックや組織分析だけを行い、改善のための対策を実施しなかったり、あるいは、「それぞれの現場で改善に取り組んでください」と現場に丸投げしたりすると、ストレス対策や職場の活性化対策がうまく進まないことがあります。
こうすればOK: 対策を検討している職場の管理職にヒアリングし、職場の状況に応じた働きかけを行ないます。それぞれの職場の状況やニーズに応じて、対策の方法やタイミングを検討したり、活動しやすい環境を作ったり、継続しやすくしたりするサポートを行います。
どんな対策を行えばよいか
職場のストレス対策のゴールは「職場の活性化」です。つまり「チームとして機能している職場を作ること」が目標となります。以下の図のように、職場の一体感やチームワークを高め、さらに、業務のアウトプット(効率性や生産性)を改善していくことを目的とした取り組みを行います。業務プロセスや生産性が改善するだけでなく、ハラスメントのない職場作りや、イノベーションが生まれる職場作り、ストレスの少ない職場作りなど、いくつもの効果が同時に得られるのが、こうした取り組みの特徴です。
組織の活性化やストレス対策には、次の表に示すようにさまざまな種類があり、職場の状況や課題に応じて使い分けられています。
組織の活性化のために行われている対策:
取り組み | 内容 |
---|---|
職場環境改善ワークショップ | 職場のストレスの原因となっている課題について、業務の進め方、職場の設備、物理的な環境などを、全員参加のグループワークでアイディアを出しながら改善していく取り組み。 |
組織開発ワークショップ | チームコーチング、AIなどの手法を用いて、全員参加のグループ研修を行い、職場の一体感、人間関係のプロセスなどを改善していく取り組み。 |
マネジャー向け研修 | モチベーションの管理、職場のストレスの管理、リーダーシップ、コーチングなど、部下の人間関係の改善やモチベーションをサポートするスキルの研修。部下の不調への初期対応など、一般的なメンタルヘルス研修。 |
従業員向け研修 | ストレス対処法、アサーティブネス、アンガーマネジメント、コンフリクトマネジメントなど、職場の人間関係のプロセスを改善するための研修。また、キャリア開発研修、業務に関するトレーニング研修など、仕事のモチベーションを改善するための研修。 |
あいさつ運動、サンキューカード活動などのコミュニケーション活動 | 人間関係を円滑にするプラスのコミュニケーションを促進し、職場の人間関係のプロセスを改善するための活動。 |
職場の整理整頓活動・5S活動 | 業務の品質や効率を高めるために、全員参加でディスカッションして業務手順を改善し、仕事のやりやすさを高め、ストレスを軽減する活動。 |
対策を成功させるポイント
職場活性化の取り組みを成功させるためには、従業員自らが参加して、自分たちの職場の問題点や課題を解決しようと協力していく、という全員参加型のやり方が適しています。また、すべての職場に一律の取り組みをあてはめようとするのではなく、職場の状況や、管理職の意識の違いなどによって、取り組み方を個別に工夫する必要もあります。
(1) 管理職の意識付けが大切
職場の活性化の活動やストレス対策が成功するかどうかは、管理職の意識にかかっています。しかし、対策を行おうとする時に、管理職としては「時間がかかるなあ」「これまでのマネジメントを否定されるのではないか」「現実を直視したくない」などといった、消極的な気持ちが生じることもあります。
管理職のやる気と積極的な関わりを引き出すには、こうした対策が「会社の事業目標に合致しており、事業計画にも組み込まれていること」を明確に伝え、「より良い職場を目指していくための活動だ」と位置付けることが大切です。そのためには、より上位のマネジメントの理解と協力も必要になります。
(2) 職場の課題や準備状況に応じた取り組みを行う
すべての職場で一律の対策を行うのではなく、管理職と個別のヒアリングを行い、職場の状況や管理職のニーズに合わせながら、適切な活動を選択したり、実施の方法を工夫したりして、導入や継続をサポートすることも重要です。
職場の状態によっては、ストレスが非常に高かったり、あるいは、人間関係が悪かったりして、グループワークによる対策がうまくいかないところもあります。そうした職場に対しては、より丁寧に活動をサポートしていく必要があります。あるいは、そうした職場での活動に固執せず、活動しやすい職場から取り組みを広げていくという進め方も有効です。
(3) 悪者探しや犯人探しをせず、「良いところ」「強み」に目を向ける
組織の活性化やストレス対策には、「悪いところを見つけて直す」という取り組みと、「良いところを見つけて伸ばす」という2種類の方法があります。
これまでの研究から、悪いところにばかり目を向けるのではなく、良いところや強みを伸ばしていく、という手法を用いるほうが効果的だということがわかっています。
(4) 組織を活性化するという視点で活動を一元化する
あれもこれもと色々な対策を行っていると、それぞれの職場のリソースも、事務局のリソースも分散してしまって、うまく効果が得られないことがあります。
すでに生産性向上、業務改善、ダイバーシティー推進などの対策を実施している場合は、「組織を活性化し、生産性を高めるための対策」という視点から取り組みを一元化し、総合的に実施していくとよいでしょう。そのためには、取り組みを進めていく管理部門(本社部門)の連携が重要になってきます。
まとめ:組織分析を活用した対策を実施しましょう!
職場のストレス対策や、組織の活性化対策の成功のポイントは次の2つです。
① 組織の状態や課題に応じて、適切な活動を選択すること
② 管理職の意識を高めて、最後まで継続できるよう支援すること
組織の活性化につながる取り組みは、例えば、人事管理部門、健康管理部門、経営管理部門、教育研修部門など、社内のさまざまな部署が実施しています。活動の詳しい内容については、それぞれの部署の担当者にたずねてみるか、あるいは、実際に活動を実施した組織に感想を聞いてみるのも大変参考になります。
ストレスチェックの組織分析の結果を、ぜひ、社内のメンタルヘルス対策や、組織の活性化対策に活用していきましょう。
参考資料:
- 人事でつくることができる仕組み 職場活性化への具体的なヒント – ここから始める!ポジティブメンタルヘルス(TOMH研究会、ダイヤモンド・オンライン)
- 組織活性化のポイント:健康の増進と生産性の向上の両立に向けて – ここから始める!ポジティブメンタルヘルス(TOMH研究会、ダイヤモンド・オンライン)
- 川上憲人・守島基博・島津明人・北居明(2014年) 「健康いきいき職場づくり」生産性出版.