「攻撃的な人、受け身な人」のトラブルシューティング(前編)の続きです。
誰かにノーと言うことは、相手にとって耳の痛い内容(批判)を伝えることです。批判の対象には、生まれ、性別、人格、信条、文化、感情などの「批判されるべきでない領域」と、行動、考え方、言い方、態度などの「批判されてもいい領域」の2種類があります。
誰かに批判された時、それが当たっている場合には、素直に認めてしまいましょう。批判が当たっていない場合や、「あなたは、いつも○○だ」という、一方的な決めつけやレッテル貼りに対しては、あいまいな点を具体的に聞き返します。
相手にノーと言うことは、相手の行動によって自分がどう感じたか、自分の気持ちを言葉で伝えることです。自分の状況を伝えた後で、相手の意見にも耳を傾け、今後どうしたいかを話し合う。それが職場における適切なノーの言い方です。
相手にノーと言えないAさんは「上司の命令は断ってはいけない」「できないと言うのは、能力が無いと言うことだ」「相手の気分を害することは致命的だ」という強い思いこみを持っています。しかし、たとえ相手が年上でも、お互いに自立した人間同士なのですから、卑屈にならずに堂々とコミュニケーションしていいのです。
相手にノーと言うためには、ノーの的を絞ることが大切です。Aさんは「Bさんに、大きな声で、長い時間、みんなの前で、注意されるのがイヤだ」と思っていることに気づきました。そんな場面になると、Aさんは「おびえてしまって何も言えなくなる」のです。だからBさんに「ふつうの大きさの声で注意してほしい」と思っています。
相手が怒っている時には、何を言っても火に油を注ぐだけです。しばらく時間をおいて、冷静に話ができる機会をうかがいましょう。直接話をするのが難しければ、上司や同僚に同席してもらったり、伝えてもらうといいでしょう。
怒りの感情はBさんのものです。怒りを感じること自体は批判されるべきではありません。けれども、それをどう表現するかはBさんの責任です。
「○○は〜であるべきだ」という「べき思考」が強いと、そうでない人物や物事に出会った時に怒りの感情が生まれます。また「批判を受けることは致命的なことだ」という思いこみが強いと、何か言われるとすぐに自分への個人攻撃だと受け取って、過剰反応しがちです。
カッとした時につい大声を出してしまうと、自分の声が刺激となり、ますます怒りが強くなります。そうなると何を言っても、相手には「あなたが怒っているということ」しか伝わりません。相手を傷つける言動をしてしまう前に、安全な場所に避難しましょう。
頭の中を整理するためには、「自分はいったい、何に対して腹をたてているのか」「どうしてこんなに腹がたつのか」「相手に対して、自分は何を望んでいるのか」「相手の責任範囲はどこまでで、自分の責任は何か」と、自分自身に問いかけてみましょう。
組織を維持していくために、上司として、部下にノーと言うべき場面があります。しかし、非難したり怒りをぶつけたりするだけでは、相手は心を閉ざしてしまいます。
うまくノーと伝えるためには「今から20分ほど話をしたいんだけど」などと予告をして、相手に心の準備をさせます。話は肯定的に始め、批判のポイントはひとつに絞りましょう。言いにくいことがある時は「気を悪くするかと思って、なかなか言えなかったんだけど」と気持ちを口に出すと話をしやすくなります。
相手に「建設的なノー」を伝えるためには、まず、なぜ相手にノーと言うのか、共通の大きな目標を示します。次に、相手の行動や態度に焦点を当て、具体的な事実を客観的に指摘します。その時、卑屈になったり威圧的になったりせず、対等な目線を心がけます。
自分の言い分を述べたら、相手の状況や言い分にも耳を傾けましょう。問題点を早く指摘しなかったのはCさんの責任です。「もっと早く言うべきだった」と自分の非を先に認めて「お互い様」という雰囲気を作ると、話がスムーズに進みます。
相手を変えたい、自分を変えたい…でも、変わらない?
読者の皆さんから「ストレスの源は相手なのに、なぜ自分が努力しないといけないのか」「相手に言動を改めさせる記事を書いてほしい」という意見をいただくことがあります。
そんな時、いつも「過去と他人は変えられない」という有名な言葉を思い出します。しかし、がっかりすることはありません。相手をすぐに変えられなくても、自分のコミュニケーションのパターンを変えることで、自分と相手の人間関係のあり方を変えることができます。そして人間は、人間関係の中で変化していく生き物なのです。
今回の記事では、Aさん、Bさん、Cさんの3人に登場してもらいました。皆さんのまわりでも、よく似た出来事が起きているかもしれません。問題解決のヒントになれば幸いです。
この記事は、私が専属産業医をしている企業内で配信しているメールマガジンの内容を、ウェブ用に書き直したものです。
参考記事
ELECTRIC DOC. – アサーション (1) ~自分の意見をさわやかに表現する~
ELECTRIC DOC. – アサーション (2) ~さわやかに自己表現できない理由~
ELECTRIC DOC. – アサーション (3) ~問題解決のためのアサーション~
ELECTRIC DOC. – 「いつもと違う」部下に気づいたら……?
参考文献
『「NO」を上手に伝える技術』(森田汐生、あさ出版)
『アサーショントレーニング 〜さわやかな「自己表現」のために〜』(平木 典子、日本・精神技術研究所)