前回は「アサーション」という、自分と相手の気持ちを大切にしながら、自分の意見を表現するコミュニケーション方法を紹介しました。職場だけでなくさまざまな場面で応用できるスキルです。しかし、理屈ではわかっていても実践するのは難しいものです。
私たちはどうしてアサーティブになれないのでしょうか。その理由は大きく2つあります。
アサーティブになれない理由(1) 「非合理的な思い込み」
アサーティブになれるかどうかは、わたしたちのふだんの考え方に大きな影響を受けます。次の文章を読んで、あなたの考え方に「非常に当てはまる」「かなり当てはまる」「どちらとも言えない」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の5つで答えてみて下さい。
(1) 人は誰からも愛され、人から受け入れられるようであるべきだ。 (2) 人を傷つけてはいけない。そのような行為は非難されるべきだ。 (3) 人は常に完璧でなくてはならず、失敗をしてはいけない。 (4) 危険や害になりそうなものに、人は深刻に心配をするものだ。 (5) 思い通りにことが進まないことは致命的なことだ。
いかがでしたか。当たり前のことを述べているようですが、「人は…」「常に…」「…てはならない」など、極端な文面が並んでいます。これらはすべて、知らず知らずのうちに私たちの思考や行動を縛り付けている考え方で、「非合理的な思い込み」と呼ばれています。
例えば(1)と(2)、この考え方に強く縛られていると、他人と異なる意見を言えなくなります。(3)や(5)の思い込みが激しいと、失敗を恐れるあまり、自分を強く責めたり、他人の小さな失敗まで気にするようになります。(4)や(5)の考え方が過ぎると、思い通りにならないことがあるとイライラして、相手を責めることになります。
これらの思い込みに対抗する有効な考え方は「何があっても、それで致命的になることは滅多にないものだ」というものです。例えば「他人を傷つけないにこしたことはないけれど、傷つけてしまうこともあり得るし、その時は修復に心がければよい」と考えてみましょう。
自分の作り出している非合理的で非現実的な思い込みをチェックし、なるべく建設的で合理的なものに変えていくと、ずんぶん楽に生きられるようになります。
アサーティブになれない理由(2) 「日頃、自分の感情を意識していない」
人間は喜怒哀楽のいろいろな感情を持って暮らしています。しかし私たちはその感情をいつも意識しているわけではないようです。感情をいつでも表現できるかというと、実際はそうではなく、怒りや悲しみは表現してはいけないとか、男はメソメソするものではないとか、非合理的な思い込みにとらわれています。
アサーションは自分の感情を大切にするやり方です。感情はまぎれもなく自分のものであり、自分の責任において表現できるものです。
例えば、Aさんが大きな音を立ててギターを弾いているとしましょう。それを聞いてうるさいと思う人もいれば、感動的だと思う人もいます。うるさいと思っていても、それは「Aさんがうるさい」のでも「ギターの音がうるさい」のでもなく「Aさんが大きな音を立ててギターを弾いているのを聞いて」「私はうるさいと感じている」のです。
「私はいま○○○という状況に対して△△△と感じている」というように、主語を「私」にすると、自分の感情を理解する練習になります。○○○の部分には人の名前ではなく、客観的にとらえられる事実や状況を入れます。例えば「あなたが騒ぐから」ではなく「あなたが大きな声を出すと、私は騒がしいと感じるから」というふうにします。
自分の感情と、それを引き起こしている状況とを客観的に説明できるようになると、アサーションの考え方になじみやすくなります。
まとめ
アサーションを身につけるには「自分の感情は自分のものであり、自分の責任において表現してもいい(あるいは、しなくてもいい)」と認識することが大切です。
次回は、他人に何かを提案したり、意見の異なる相手と話をする時の具体的な方法、「問題解決のためのアサーション」について説明します。
参考文献:
『アサーショントレーニング ~さわやかな「自己表現」のために~』
(平木 典子、日本・精神技術研究所)
この記事は、私が専属産業医をしている企業内で配信しているメールマガジンの内容を、ウェブ用に書き直したものです。