遅刻を繰り返す社員には①じっくり事情を聴く、②デメリットを伝える、③具体的な行動をサポートする、④健康管理窓口につなぐ、⑤規則を公平に適用するという対応を取る。
前回の事例のまとめ
まず前回の事例を振り返ってみよう。20代の男性社員のCさんは、朝の遅刻や会議への遅刻が続いている。わずか5〜10分ほどなのだが、上司から繰り返し注意を受けても全く改善されない。周囲の社員はすっかり慣れっこだが、上司はこのまま放置できないと悩んでいる。
本事例の場面・行動・困りごと
上司に何度も注意されているにもかかわらず、Cさんが遅刻してしまうのはなぜだろうか。遅刻を防ぐにはどんなアプローチがよいのだろうか。まず、Cさんの行動について「どんな場面(きっかけ)」で「どんな行動」があり、その結果「どんな困りごと」が発生しているのかを整理してみよう。
【朝の遅刻】
- 状況:コアタイムの開始時刻を過ぎた10:05〜10:10ごろ
- 行動:Cさんは慌てた様子でバタバタとオフィスに入ってくる。誰かと目が合うと小声で謝りながら、そっと自分の席に座る。
- 結果:周囲の人は「いつものことか」と思いながら自分の仕事を続ける。業務遂行上の問題はほとんど生じていない。遅刻した時間の分だけCさんの給与は減額される。
【会議に遅れてくる】
- 状況:会議が始まって5分ほどたった場面。
- 行動:Cさんは慌てた様子で、小声で言い訳をしながら部屋に入り、周囲の人に促されて席につく。
- 結果:いつものことなので議事の進行に大きな影響はないが、Cさんの着席を待ち、状況を説明するのに1〜2分ほど時間が取られる。
【上司が遅刻について注意をする】
- 状況:上司がCさんに「遅刻すると周囲に迷惑がかかるよ」とか「時間にルーズだと思われて信頼をなくすよ」などと一般的な注意を伝える。
- 行動:Cさんは「すみません」「以後気をつけます」などと反省した様子を見せる。以後2〜3日間は遅刻はしないが、また遅刻をするようになる。
- 結果:なぜ遅刻が続くのかと上司は不安になる。Cさんにはそろそろ責任のある仕事を担当してほしいが、本当に大丈夫か心配で任せられずにいる。
Cさんの行動の背景
さて、多くの人は「遅刻はいけないことだ」とか,「時間を守るのは常識だ」と考えているだろう。時間を守るというのは、日本の職場では当然のルールであるとされている。しかし、Cさんは、上司から繰り返し注意を受けても遅刻が続いている。その背景にはいろいろな原因があるが、大きく次の4つを考えて対処すればよい。
①遅刻を直そうという認識が薄い場合
例えば「自分の仕事をきちんとこなせば、5〜10分の遅刻は大きな問題ではない」とか、「お客様の対応など、重要な仕事や、急ぎの仕事をしているのだから、会議に少しくらい遅れてもよい」という考え方をしている場合などが該当する。
②遅刻によるメリットがデメリットを上回る場合
例えば、職場にいる苦手な人となるべく顔を合わせたくない、つまらない会議を5分だけでも免れたい、忙しい人だと周囲に思われていたい場合など。あるいは、時間にルーズな人だと思われることで、責任の重い大変な仕事から逃れられる場合もある。さらに、遅刻を繰り返しても、上司に少し嫌みを言われる程度だとか、給与の減額が少額である場合などが該当する。
③遅刻を直そうと努力しているが、うまくいかない場合
例えば、計画を立てて行動することや、前もって時間を見積もること、同時に複数のことを処理することが苦手な人は、朝の身支度に時間がかかり過ぎたり、目の前のことについ没頭したりして、本来の段取りや時間を忘れてしまうことがある。こうした行動の特徴は、本人が意識してもすぐには直せないこともある。
④睡眠不足や不眠が背景にある場合
仕事やプライベートの悩み事、ストレス、体の不調、メンタルヘルスの不調などの影響で、十分に睡眠がとれないために遅刻につながっている場合が該当する。
職場で対応できること
遅刻を繰り返すCさんへのアプローチとしては、次の6つの対応が考えられる。
対策1:上司がCさんと話をして事情を聴く
最初のステップとして、少し時間をとって本人から事情を聴く必要がありそうだ。Cさんの遅刻の背景は何か、遅刻のことをどのように考えているのか、遅刻をしないためにどんな工夫をしているのか。そして、そうした対策のどこがうまくいっていないのか。体調はどうか、不眠や睡眠不足はないか、仕事や職場で困っていることはないか、しっかりと話を聴く必要がある。
話を聴く目的は、解決に向けた情報を収集・整理することである。Cさんが話す内容が、いかに自分本意で、社会の常識からかけ離れていたとしても、この段階では、説教したり、怒り出したりしてはいけない。よしあしの判断はいったん置いておき、傾聴するようにしよう。
対策2:遅刻のデメリットを手短かに伝える
本人の行動によって業務や職場に具体的な影響が出ている場合には、そのことを客観的に伝えよう。ただ、遅刻がどれほど迷惑かをくどくど説明したり、大声で怒鳴りつけたり、本人に反省を迫ったりする必要はない。「職場や上司がこのように困っている」という事実を端的に伝えるだけでよい。
対策3:具体的な行動をサポートする
遅刻を防ぐ計画を立てても、それがうまくいくかどうか、やってみるまで分からない。実際には「うまく実行できなかった」「実行したが効果がなかった」という結果になることも多い。実行できなかったことを責めるのではなく、トライアンドエラーを繰り返しながら最適な方法を探っていこう。
朝の身支度に時間がかかりすぎる、つい注意がそれて時間を忘れてしまう、という場合には、遅刻を防ぐための工夫として、目が覚めてから出社するまでの行動を洗い出し、時間割をすべて決めておくという方法がある。何時何分に起きて、何時何分に顔を洗い、何時何分に着替えて……、という行動の時間割をリストに書き出して壁に貼っておくのだ。繰り返し練習し、時間割を調整していくうちに、時間通りに行動できるようになる。
会議への遅刻を防ぐためには、会議の5分前にアラームをセットするという対策もある。しかし、それだけでは効果的な対策とはいえない。重要なポイントは「毎日○時にアラームを必ず設定する」「アラームが鳴ったら作業を必ず中断して会議室に向かう」という具体的な行動が定着するまで、繰り返し練習することだ。また、「○○しない」という計画は実行が難しい。「○○する」という、具体的な行動についての計画を立てるとよい。最初のうちは「アラームが鳴った時には手を止めて会議室に移動するよう促す」というように、行動のきっかけづくりを、周囲がサポートをするのも効果的だ。
対策4:不眠や寝不足がありそうなときは、健康管理窓口に相談する
部下に事情を聴くときには「ちゃんと眠れてる?」などと声を掛け、必ず睡眠の問題を確認しよう。遅刻の背景に健康上の問題がありそうなときには、次のステップとして、上司から人事担当者や産業医などに相談する。
対策5:かばったり隠したりせず、公平に取り扱う
社員の問題行動に対処するときには、変にかばったり隠したりせず、就業規則に沿った対応を粛々と行うことが重要だ。問題が繰り返し起きるときには人事担当者にも情報を共有しておこう。
対策6:すべてを遅刻の問題と結び付けて考えない
一部の評価が低いと、他の部分まで全体的に悪く見えてしまうことがある。遅刻という一部の欠点のために、Cさんの能力や人物の全体像を低く評価してしまわないよう注意が必要だ。
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(この記事は中災防が発行する雑誌『安全と健康』2021年1月号〜12月号に連載した記事を元に、一部加筆したものです。)