上司がいくら注意しても遅刻グセが抜けない社員に対して、どんなアプローチが有効なのだろうか。遅刻が生じる場面、その時の本人の行動、その影響を分析してみよう。
今回は、いくら注意されても遅刻が直らない従業員の事例を取り上げる。上司に繰り返し注意され、本人も反省しているのに、それでも遅刻してしまう。皆さんの周りにも、そんな人はいないだろうか。上司や周囲はどう対応すればよいのだろうか。
いつも遅刻をしてしまうCさんの事例
この辺りでは有名な地元企業に勤めるCさんは、20代の男性社員だ。独身で一人暮らし。社内向けのITシステムを担当する部署に所属している。やや内向的な性格で、口数も多くないが、業務の知識は豊富で、仕事は真面目にきちんとこなしている。そんなCさんにも、ただひとつ大きな欠点がある。それは遅刻の常習犯だということだ。
この会社はフレックスタイム制度を導入しており、コアタイムは10:00からだ。しかし、Cさんはいつも10:05を過ぎたころに、慌てた様子でバタバタとオフィスに入ってくる。誰かと目が合うと小声で「すみません、すみません」と小さく頭を下げながら、そっと自分の席に座る。上司に注意されたときには反省している様子を見せる。しかし、それでも遅刻グセは直らない。注意をされた2〜3日の間は大丈夫だが、またすぐにいつもの調子に戻ってしまうのだ。
さらにCさんは会議にも遅れてくる。会議が始まって3〜5分たったころに「直前の仕事に集中していたら、時間をすっかり忘れてしまって」とか、「ユーザーから問い合わせがあって対応していたら、遅くなりました」などと、お決まりの言い訳をしながら、申し訳なさそうに部屋に入ってくる。「いいから、早く席に着いて」と他の社員に促され、その後は何事もなかったように会議は続いていく。
この職場ではそれぞれが個人ごとに仕事を進めており、Cさんが遅刻をしても、他の人の業務にはあまり影響が出ていない。そのためか、周囲の社員もさほど気にしていないようだが、実際に心の中では、どう思っているか分からない。また、就業規則の通り、Cさんの給与は遅刻した時間の合計の分だけ減額されている。ただ、1日当たり5〜10分程度では大きな金額にならないためか、あまり痛手にはなっていないようだ。
場面・行動・困りごとの3点を整理する
本ケースでは、遅刻グセが直らないCさんの様子が描かれている。Cさんは毎日5〜10分ほど遅刻をするし、会議にもいつも5分程度遅れてくる。上司が何度注意をしても改善する気配はない。周囲の社員も「Cさんだから仕方がない」と半分あきらめているようだ。
この状況を見て、「Cさんは時間にルーズな性格だ」と批判したり、「社会人失格だ」と叱りつけたりするのは簡単だ。しかし、そうしたアプローチを何度繰り返しても、これまで遅刻の問題は解決してこなかった。そろそろ、別の方法を検討する必要がありそうだ。
そこで、Cさんの心構えや性格ではなく、目に見える行動に着目してみよう。これまでの連載で紹介してきたように「(1) どんな場面で、何をきっかけとして」、「(2) Cさんがどんな行動をするのか」、「(3) その結果、誰が、どんなふうに困っているのか」という、「場面、行動、困りごと」の3つを整理してみる。
(1) 場面・きっかけを特定する
Cさんが遅刻する場面は「◯月◯日の朝10:00、フレックスタイムのコアタイムになったとき」や「◯月◯日の14:00、小会議室にて◯◯会議が始まったとき」などである。さらに「◯月◯日の◯時ごろ、自席の周辺で、上司がCさんに遅刻のことを注意したとき」も検討する場面のひとつに挙げておこう。本人の行動を表現するときには、つい「いつも」「頻繁に」「ほぼ毎日」という言葉を使いたくなるが、なるべく具体的な回数、日付、場面などを記載するとよい。
(2) 困っている行動を特定する
「遅刻をする」という行動を、もう少し中立的に、具体的に表現してみよう。例えば「10:05〜10:10に職場に入ってくる」とか、「会議開始から5分ほど過ぎたころに会議室に入室する」という具合だ。上司に注意される場面では、「注意を受けてから2〜3日は遅刻しないが、その後は以前と同じように遅刻をしてしまう」という行動が問題となっている。
(3) 周囲の困りごとを特定する
この部分が少し難しいかもしれない。Cさんの行動によって、誰が、どのようなことで困っているのだろうか。実際の影響が思っていたよりずっと小さい場合もあるし、思わぬところに影響が出ている場合もある。Cさんの遅刻に腹を立てる気持ちはわかるが、イライラ、不安、怒りなどの感情からは少し離れて、中立的・客観的に検討していこう。
まず、Cさんの遅刻による業務への影響を考えよう。もしもCさんが、他の社員と一緒に行うような作業を担当していたら、Cさんの遅刻によって、作業の開始時間が遅れたり、他の人の負担が大きくなったりするかもしれない。しかし、今回のケースでは、社員の作業がうまく分けられているためか、Cさんが5〜10分程度遅刻してきても、他の人の業務にはほとんど影響はないようだ。
毎日5分〜10分ほど遅刻することによって、Cさんの担当業務の進捗が遅れる可能性もある。1ヶ月分の遅刻時間を合計すると、月2〜3時間程度だろうか。しかし、処理件数や作業量などが明確に測定できる場合を除いて、月2〜3時間程度の作業の遅れを具体的に指摘するのは難しいだろう。
会議の場面では、Cさんが5分遅れて入室してくることで、議事の進行にわずかながら遅れが生じる。つまり、会議の出席者全員の時間を奪っているといえる。ただ、実際のところは、あらかじめCさんの遅刻を想定して会議を進行しているためか、さほど大きな問題にはなっていないようだ。
その他の影響としては、Cさんの遅刻によって、職場の雰囲気が少なからず悪化している可能性もある。周囲の社員の中には「なんでいつも遅刻してくるんだ」「上司は何も言わないのか」などと、イライラした気持ちを感じている人がいるかもしれない。放置しておくと職場の人間関係に大きな亀裂が生じる可能性もある。
一方で、上司にとっては、Cさんの遅刻は頭の痛い大きな問題となっている。「繰り返し指導しても一時的にしか改善しない。これでは安心して仕事を任せられない」と、上司は不安な気持ちを抱えている。ただ、冷静に考えてみると、Cさんが遅刻をすることと、特定の仕事をこなせる能力の有無という問題には、あまり関連性がない。「遅刻をする社員に重要な仕事を安心して任せられない」というのは、Cさんの問題ではなく、Cさんの上司の考え方の問題かもしれない。
こうやって整理してみると、今のところ、Cさんの遅刻による影響はあまり大きくなさそうだ。ただし、この問題を放置していると、職場の人間関係の問題や、業務上の問題、チーム運営の問題など、新たな問題が生じるリスクもある。今のうちに対策を講じておくことが賢明だろう。
今回のまとめ
今回は、遅刻がなかなか直らないCさんの事例を見てきた。現時点では大きな問題は生じていないが、このまま放置することもできない。後編では具体的な対策について解説する。
(この記事は中災防が発行する雑誌『安全と健康』2021年1月号〜12月号に連載した記事を元に、一部加筆したものです。)