「頑固で融通がきかない行動」に対しては、行動の背景にある本人の考え方を否定せず、一定の理解を示した上で、押し負けないよう注意しながら接する必要がある。
前回の事例のまとめ
まず前回の事例を振り返ってみよう。総務部のEさんはとても真面目できちょうめんな社員で、丁寧な仕事ぶりが評価されている。しかし、ミスを防ぐために何重にもチェックを行うなど、ひとつの仕事に大変な手間と時間をかけている。そのため、部内でも残業時間が突出して多いことが問題になっている。
しかし、上司が作業手順を簡素化するよう指示しても「ミスが起きたら会社の損失になる」と言い張って、上司の指示には従わない。Eさんの業務を分散するため新たに加わった担当者にも、自分と同じ手順で仕事を進めるよう要求し、手順の変更に関する提案を一切受け付けない。
本事例の「場面・行動・困りごと」
Eさんの行動が原因で、職場ではいろいろな問題が生じている。「場面、行動、結果(困りごと)」をまとめると次のようになる。
- 【場面・きっかけ】業務手順を簡素化するよう指示または提案されたとき。
- 【行動】業務手順を変えるとミスやトラブルが起きてしまうと強く反論する。相手を「業務のことが分かっていない」「ミスやトラブルの可能性を考慮していない」「無責任だ」などと非難する。
- 【結果(困りごと)】業務の効率化や平準化が進まない。Eさんと他の人との関係が悪化する。
Eさんの行動の背景
皆さんは、このEさんの行動を見てどんな印象を受けるだろうか。「Eさんは、細かく複雑な手順を作り込むのが好きなんだろう」と思う人や、「上司の指示に逆らうとは、なんてわがままだ」と感じる人もいるだろう。
しかし、これは「好き嫌い」や「わがまま」によって生じる問題ではない。Eさんは、基本的には真面目で正義感が強く、曲がったことが嫌いな性格だ。さらに、ミスやトラブルが起きないよう常に細心の注意を払っている。またEさんは「100%完璧でないと失敗する」という考え方が強いため、70〜80%の完成度で妥協することができない。また、他の人が行った作業を信頼することができず、わざわざ自分でチェックしないと気が済まない。
Eさんは「現在、何も問題が起きず、すべて完璧にうまく進んでいるのは、何重にもチェックを行う複雑な手順を厳密に守っているおかげだ」と考えている。つまり、Eさんは「手順を守って完璧に仕事を進めることが、部署のため、会社のために正しいことだ」と本気で信じているのだ。
他の人から見ると、Eさんは細かい点に必要以上にこだわり、仕事の本来の目的や、職場全体の視点を見失っているように見える。組織の生産性を高めるためには、無駄な手順を省くことが必要だと考える人も多いだろう。しかし、Eさんにとっては「完璧に仕事をこなすこと」こそが組織のためになる正しい行動なのだ。手順を簡素化しようと提案してくる人は「ミスやトラブルを防ぐことを何も考えていない、無責任な人」に見えてしまう。そのため、Eさんは、周囲から何を言われても「そんな意見は受け入れられない」と身構えてしまうのだ。
職場で対応できること
Eさんの性格や行動パターンを、今すぐ根本から変えることは不可能だ。しかし「行動のきっかけ」を減らし、「影響の大きさや範囲」を抑えることで、職場の問題を小さくすることができる。
対策1:行動の背景にある考え方に理解を示す
Eさんのような人がルールや手順をかたくなに守ろうとするのは、自分の行動が会社の利益になると信じているからである。それなのに「Eさんは手間をかけ過ぎだ」「仕事が丁寧過ぎる」などと指摘してしまうと逆効果になる。Eさんにとって、そうした批判は「会社の利益を損ねる間違った意見」だと見なされてしまう。
Eさんにこちらの主張を理解してもらうためには、一方的に批判するのではなく、「ミスやトラブルを防ぐためには、完璧に仕事をこなすことが大切だ」という本人の価値観に、一定の理解を示すことが必要だ。例えば、Eさんの行動が、仕事のミスやトラブルの防止に役立っており、それが会社の利益になっていると述べたり、丁寧で完璧な仕事ぶりを褒めてあげるのもよい。自分が認められると、こちらの話にも耳を傾けてくれるようになる。
また、何かを指示したり、依頼したりするときには、その背景や理由を丁寧に説明するとよい。こちらも会社の利益のために行動していることをEさんに理解してもらえれば、協力してくれる可能性が高くなる。
対策2:行き過ぎているときは、時間をかけて具体的に説得する
本人の行動に問題がある場合は、本人の長所である、細かい部分を大切にし、より完璧なものを目指そうとする姿勢を認めた上で、「その行動を続けることで全体の利益を損なう」という点を具体的に指導しよう。
そのためには、実際の作業時間や作業コストなどを見積もらせてみるとよい。 Eさんの場合は、ミスやトラブルを防ぐための作業時間と、実際にミスやトラブルが発生する頻度、発生した場合の損害の大きさ、また、発生後にリカバリーするための作業時間などを計算してもらおう。この作業は、時間がかかっても、本人自身にやらせるか,本人の目の前で一緒にやってみるとよい。その上で、品質を守るためにコストや時間を無限にかけていいわけではないと説明する。ミスを防ぐために費やしているコストが、現実的に妥当かどうか考えてもらうのだ。
そして、Eさんが今後もその行動を続けると、部署全体の利益が損なわれることを説明する。この時、どちらが正しい、どちらが間違っているという論争にならないように気をつけよう。両者ともに全体の利益を考えて行動しているという前提で話をするとよい。
例えば「部署には他にもいろいろ取り組まなければならない業務がある。Eさんの丁寧な仕事ぶりは評価しているので、◯◯のような仕事もお願いしたいと考えている。だから、現状の仕事にかかりきりになってしまうと部署としても困る」というように、Eさんの長所を褒めながら職場の状況を説明する。
対策3:相手のペースに巻き込まれない、押し負けない
Eさんのような人は、正義感が強く、自分にとって正しいことを相手にも押し付ける傾向がある。つい根負けして本人の言い分を認めてしまうと、「やっぱり自分の方が正しい」と言う思い込みがさらに強くなる恐れがある。互いに意見を押し付け合うだけでなく、双方が受け入れられる新たな選択肢を探すことが重要だ。
対策4:短所が長所になるような仕事を任せる
Eさんのようなタイプは、真面目にコツコツ進めていく作業が得意だ。律義さやきちょうめんさなど、Eさんの長所を生かせる仕事を任せるとよい。数字や文字を見落とさずに資料にまとめたり、手順やルールをきちんと守る事務作業などが向いている。思い切って配置転換するのも手だ。
対策5:業務手順をめぐる対立が起きないよう担当範囲を独立させる
本人の残業時間を減らそうとして、ただ単に人員を追加して分担させようとすると、今回の事例のような問題が起こりやすい。他の人と作業を分担させるときには、仕事の手順や考え方をめぐる対立が起きないよう、担当する工程や範囲を完全に切り分け、それぞれを独立させるとよい。
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(この記事は中災防が発行する雑誌『安全と健康』2021年1月号〜12月号に連載した記事を元に、一部加筆したものです。)