従業員は会社や職場を現場で支えている大切な人材です。産業の機械化が進み、肉体的な労働はいくらか機械に任せられるようになってきましたが、それでも生産ラインから完全に人間の姿が消えてしまったわけではありません。現場にある有機溶剤や粉塵、騒音などの有害物質から従業員を守る必要があります。製造業の現場だけではなく、オフィスワークにおいても腰痛、関節痛、ドライアイなどの健康障害が起きています。
労働者の健康を語る上で「ストレス」はとても重要な問題になっています。大規模なリストラを断行しても、日本経済はなかなか不況から脱せず、従業員にかかるプレッシャーはかつて無いほど大きくなっています。職場の人間関係や、超過勤務、終身雇用制度の崩壊、バイトや派遣社員など不安定な雇用形態など、心労の種はつきません。
これらの厳しい職場環境から身を守り、さらに充実して仕事ができるよう、力になってくれるのが産業医というわけです。
従業員にとってのリスクマネージメントと産業医の役割
従業員にとって最大のリスクは「職を失うこと」です。健康上の問題が原因で離職・退職を余儀なくされる人は、業種年齢を問わず多数存在しています。最近ではメンタルヘルスの悪化が大きな問題となっており、職場全体で対策を行う必要があります。
①メンタルヘルス対策
従来の産業保健では、生活習慣病を対象とした健康診断や健康教育など、身体の健康に重点を置いてきました。しかし、最近では仕事によるストレスから体調を崩してうつ病やアルコール依存症となり、結果的に職を失う人も増えてきました。メンタルヘルスの問題は就職後まもない新人から定年間近の時期まで、あらゆる年齢で起こるものです。産業医は、調子を崩している従業員を早期に発見して個別に対応するだけではなく、職場全体のストレス環境の改善にも取り組みます。
②職場の安全管理
職場で発生する事故は、ときに従業員の生命を奪う惨事になることがあります。また、職場には化学物質、粉塵、高熱、騒音などの有害物質があふれています。現場の責任者と協力して環境測定や点検管理を行い、安全な職場を実現することも産業医の大切な業務です。作業姿勢や作業時間、作業工程などにも問題がないかチェックします。
③生活習慣病の予防と健康管理
肥満、高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、脳卒中や心臓発作など致命的な疾患の原因になります。通院治療には多大な手間と費用がかかり、病気のために休職したり退職したりする人も大勢います。早期発見・早期治療を目的とした検診や、疾患に関する正しい理解を深めるための健康教育、血圧管理や体重管理などの健康管理プログラムの企画と実施も産業医の仕事です。
従業員にとってのパフォーマンスと産業医の役割
パフォーマンスとは「成績」や「性能」のことです。生産量や売り上げといった意味にも使われます。従業員にとって「パフォーマンスを発揮する」ということは、労働力を会社に提供して利益に貢献するという意味です。最大のパフォーマンスを発揮するためには、自身の体調を万全にするとともに、快適で働きやすい職場環境を整える必要があります。
①休職・復職・配置転換時の診断
腰痛やうつ病などの健康上の理由で、業務内容や就業時間に何らかの配慮が必要になることがあります。産業医は本人の状態や希望を聞き、職場の上司、家族、病院の主治医などとも協力して、リスクとパフォーマンスのかねあいを考えながら調整を行い、必要であればカウンセリングやアドバイスも行います。
②快適職場の実現
従業員が能力を発揮するためには、安全なだけでなく、快適な職場環境を作る必要があります。明るさ、温度、休憩設備などの物理的な問題、仕事の手順、作業姿勢、シフト、動線など業務そのものに関係する問題や、上司と部下、同僚との人間関係など、様々な側面に配慮して点検や提案を行います。
③健康増進
心身ともに健康であることは、就業する上でもっとも基本的な前提条件となります。日々の体調管理はもちろん、生活習慣病の予防など中長期的な視野での健康管理も必要です。健康診断、健康相談、健康教育など、医師としての専門性を発揮し指導や助言を行います。
従業員に求められる産業医とは
これまで説明したように、職場の安全や健康について責任を持って監督するのが産業医の仕事です。そのためには、実際の職場を点検して回る「職場巡視」を行う義務もあります。ところが、熱意を持って職務を果たしている産業医はそれほど多くはなく、中には産業医の顔も知らない従業員や、そもそも産業医の存在すら知らない従業員もいるというのが現実です。
元気に仕事ができているうちはそれでもいいでしょうが、いざ体調を崩したときに、休職や復職などの一大事を顔も知らない産業医に任せられるでしょうか。従業員の職場環境や業務内容についてもよく知っており、公平な立場から力になってくれる産業医が求められているのです。
■ 参考
□ 産業医の仕事 (1) 産業医活動のキーワード
□ 産業医の仕事 (2) 従業員と産業医の関わり
□ 産業医の仕事 (3) 管理職 (上司) と産業医の関わり
□ 産業医の仕事 (4) 経営者 (事業者) と産業医の関わり