いくらすばらしい講師を招いても、いくら内容が優れていても、参加者のニーズにこたえられていない研修は「現場では役に立たない」とか「時間の無駄だ」などと、冷ややかな目を向けられることがあります。今回は、職場のニーズにこたえるということについて説明していきます。
研修を実施する側の都合を押しつけていないか
現在、社内で行われる研修の多くは、研修を企画する部署のニーズに基づいて行われています。例えば、ハラスメントの問題について理解をさせるとか、コンプライアンスの重要性を理解させるとか、ダイバーシティーを推進させるとか、新しい購買や調達のルールを浸透させる、などというものです。
しかし、こうした研修の多くは、研修を受けることで、参加者の業務にどんなメリットがあるのかを、十分に説明できていません。大人の学習者は「実利的」であるという特徴があります。つまり、自分たちにどう役立つのかを十分に理解していないと、学習への動機づけが不足してしまうのです。
最も重要な「参加者のニーズ(職場のニーズ)」がおざなりになっている
社内研修を企画する側にも、いろいろな事情があります。例えば、年1回、このテーマで研修をすることが決まっているとか、あるいは、いつまでに研修を実施しなければならないとか、そういう状況があるのかもしれません。テーマを決め、講師を探し、日時と会場を決め、参加者に案内をするという一連の作業も、なかなか大変です。
しかし、そうした準備作業で頭がいっぱいになってしまうと、研修で最も大切なはずの、参加者にとってこの研修がなぜ必要なのか、研修で学んだことが職場でどう役立つのかという部分が、すっぽりと抜け落ちてしまうのです。
効果的な研修を行うために、職場のニーズを把握しよう
研修について、多くの人が誤解していることがあります。それは「良い研修を実施すれば、良い結果が出るはずだ」という思い込みです。良い研修が良い結果を生むのではありません。名講師による素晴らしい研修をいくら行っても、会場が盛り上がる楽しい研修をいくら行っても、それだけでは研修の効果は得られません。
実際には、職場のニーズにこたえる研修を行うから、良い結果が出るのです。研修の担当者は、良い研修講師や良い研修コンテンツを探そうとする前に、職場のニーズは何かということを、しっかりと調査するべきなのです。
具体的なニーズを聞き出す
職場のニーズを把握するためには、研修に参加する従業員の上司にヒアリングします。話を聞くときには「どんなことを研修に期待しますか?」「どんなことを部下に学んで欲しいですか?」などと質問するのではなく、「部署の目標達成について、どんなことで困っていますか?」「部下に、どんな場面で、どんな行動をとって欲しいのですか?」とたずねるようにします。
職場の課題をたずねたとき、職場の管理者から「もっと部下に自立して欲しい」とか「積極的になって欲しい」「協調性を持って欲しい」「一体感のある組織にしたい」「風通しを良くしたい」など、漠然とした言葉が返ってくることがあります。
そんなときには、なるべく具体的に、どんな行動をとって欲しいのかを聞き出すようにします。例えば「もっと自立して欲しい、とおっしゃっていましたが、具体的には、どんな状況のときに、例えばAさんにどのような行動をとって欲しいのですか?」と、個人名を挙げて聞き出すようにするとよいでしょう。
すると、上司からは「若手のAさんには、もっと積極的になってほしい。業務でわからないことがあったときには、物怖じせずに、先輩に自分からたずねるようになって欲しい」とか、「先輩のBさんには、もっとAさんにいろいろ任せて欲しい。Aさんの仕事を、あれこれ先回りしてやってしまうのではなく、まずAさんのやり方でやらせてみて欲しい」など、かなり具体的な話が聞けるようになります。
さらに深掘りして、本質的なニーズを聞き出す
しかし、これではまだ、表面的なニーズを把握したにすぎません。職場のニーズを把握するためには、さらに、その奥にある本質的なニーズまで深掘りしていく必要があります。
表面的なニーズとは、今、目の前で問題になっていることを指しています。しかし、その問題が解決したとしても、効果は一時的で、またすぐに別の問題が発生してしまいます。また、表面的なニーズは対立しやすく、ある人のニーズを優先すると、別の人には我慢を強いるようなことになりがちです。
これに対して、本質的なニーズとは、そうした表面的なニーズを発生させている根本となっているものです。本質的なニーズは何かと考えていくことで、いろいろな問題を一度に解決できる方法が見つかるのです。
本質的なニーズの例
先ほどの例では、上司は「若手のAさんはもっと積極的になって欲しい」「先輩のBさんは、もっとAさんにいろいろ任せて欲しい」と考えています。しかし、Aさんはまだ仕事に自信が無く、そういう様子を見かねて先輩のBさんがいろいろ手を出したり口を出したりしている可能性もあります。
そんな状況で「Aさんは、Bさんに頼らず自分でやるように」、「BさんはAさんに任せるように」と上司がいくら指示しても、なかなか問題は解決しないでしょう。無理にやらせてしまうと、Aさんは、失敗してしまうのではないかと不安になるあまり、ますます慎重に、消極的になってしまうかもしれません。また、先輩のBさんは、そんな様子にがまんができず、Aさんとの関係がぎくしゃくするかもしれません。
ここで言う本質的なニーズとは「Aさんが、○○の業務を、自信をもって、ひとりで完結してできるようになること」、なおかつ、「Bさんは、Aさんが○月までに、○○の業務をひとりで完結してできるよう、手助けをすること」です。その両方を同時に満たせるような方法を考えることが、解決策につながります。
ニーズを把握するときには、より具体的で、本質的なニーズを聞き出すようにしましょう。そして、そのニーズを満たすために、研修がどのように役に立つのか、あるいは、研修でどんな工夫をすればよいかを考えます。
研修の内容が変更できない場合には
すでに研修の中身ができあがっていて、大きく変更することが難しいこともあります。そんなときは、研修の導入の説明や、事例の説明などのときに、職場の状況や職場のニーズを盛り込む、というやり方を試してみましょう。
研修の導入では、参加者に「皆さんも、こんな事で困っていませんか?」「こんなふうになったらいいなと思いませんか?」と職場で問題になっていることを例に挙げて問いかけたり、「今日の研修を受けると、こんなことができるようになります」と、職場のニーズにあった研修の目標を示したりします。こうすると、この研修は役に立ちそうだと参加者に感じてもらうことができます。
また、研修の中で、職場で起きている架空の事例をもとにしてディスカッションを行ったり、今後の行動計画を立てたりすることがあります。そのときに、職場で起きている問題に近い事例を提示したり、上司が「こうあって欲しい」と思っている姿を行動計画の見本として示したりすると、職場のニーズを研修にうまく取り入れることができます。
参加者の上司を味方につけよう
研修で学んだことを職場で実践してもらうためには、上司のサポートが不可欠です。部下の実践に対して前向きなフィードバックを与えてもらうなど、行動を実践しやすく、また継続しやすい環境を作ってもらうのです。
また、あなたの上司が「この研修は、私たちの職場の問題解決に役立つ重要な内容だ。しっかりと取り組んで欲しい」と声をかけてくれたとしたらら、きっと、あなたは熱心に研修に参加し、研修で学んだことを職場で生かそうと努力するはずです。参加者の上司を味方につけると、研修の効果は何倍にも高まるのです。
シリーズ 「大人のための研修デザイン」
- 第1回「あなたの研修は、どこがダメなのか?」
- 第2回「“理解浸透” のための研修は失敗する」
- 第3回「職場のニーズにこたえられない研修は無駄に終わる」
- 第4回「すっきり腹落ちさせる “経験学習モデル”」
- 第5回「集中力が続くのは15分! “アクティブ・ラーニング” のすすめ」
- 第6回「後は現場まかせ?無責任な “やりっぱなし” 研修」
参考文献
- 鈴木克明(2015)『研修設計マニュアル:人材育成のためのインストラクショナル・デザイン』北大路書房.
- 中原淳、荒木淳子、北村士郎、長岡健、橋本諭 著(2006)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社
- 永谷研一(2015)『人材育成担当者のための絶対に行動定着させる技術』ProFuture.