職場で見られる「困った行動」への対処法を解説する連載記事。今回は「仕事をなかなか覚えられない、仕事のミスが多すぎる」という問題について解説する。仕事をなかなか覚えられないときや、作業のミスが減らないときには、その人が苦手としている部分に目を向けて、業務指示の伝え方や業務の進め方を工夫するとよい。
前回の事例のまとめ
まず前回の事例を振り返ってみよう。新入社員のBさんは、仕事をなかなか覚えられずに同じようなミスを繰り返してしまう。指示を受けているときには熱心にメモを取りながら「分かりました」と言うのだが、実際に作業してみると間違いがとても多い。作業の途中で分からないことがあっても、先輩社員に質問したりせずに自分でなんとかしようとして、時間ばかりかかっている。
本事例の場面・行動・困りごと
前回の記事でBさんの行動について「状況・場面」「行動」「結果・困りごと」の3つを整理した。まとめると次のようになる。
【場面・状況】 仕事の指示を受けて、作業を行う場面
【行動】 指示の内容を十分理解できていないのに「分かりました」と言う。作業の途中で手順が分からなくなったときにも、自分で対処しようと考え込んで時間がかかってしまう。
【結果・困りごと】 正確に作業を進められず作業のミスが多い。修正を指示しても時間ばかりかかり、うまく修正できない。作業に他の人の2〜3倍以上の時間がかかる。一人では仕事を任せられない。
「仕事ができない」とはどういうことか?
仕事を正確にこなすためには、工程をいくつもの作業に分解し、それぞれの作業の手順や前後のつながりを理解し、目の前の状況を把握した上で、必要に応じて他者とコミュニケーションをとりながら、作業時間やスケジュールを管理したり、集中して作業をこなしたり、作業に必要な情報を記憶したりというように、実にさまざまな行動を正確に実施する必要がある。こうした行動のどこかに問題があると、ミスや失敗の原因となり、指示された作業を適切に完了できなくなる。
しかし、業務に必要な一連の行動を、最初からすべて完璧にこなせる人はいない。私たちには得意な分野と苦手な分野とがあり、個人差も大きい。新しく仕事を覚えるのが上手な人もいれば、苦手な人もいる。記憶力に自信のある人もいれば、そうでない人もいる。人の顔や名前を覚えるのが得意な人もいれば、苦手な人もいる。文書を作るのが得意な人もいれば、客先にフットワーク軽く訪問するのが得意な人もいる。
新しい仕事を覚える時に、口頭の伝達だけで業務の手順を1回で理解できる人は少ないだろう。多くの人にとっては、マニュアルなどの文字情報を活用した方が手順を理解しやすい。さらに、文章だけではなく、箇条書きや番号リスト、図表や写真などを使って視覚的に示されている方が、さらに分かりやすくなる。あるいは、作業手順をいくつかのステップに分解して、何回かにわけて説明されたほうが理解しやすいだろう。
また、過去に同じような作業をした経験があるかどうかによっても、理解のしやすさは変わってくる。同じような作業を経験した人にとっては、容易に理解できる内容であっても、似たような作業の経験がない人は、最初の2〜3個の手順を理解するだけで手一杯になるかもしれない。
作業中に手順が分からなくなったとき、対処法をすぐに見つけられる人もいれば、対処法を見つけるのに時間がかかる人もいる。「以前どこかにメモをしたはずだが、それを見つけられない」ということを経験した人も多いだろう。また、他の人に質問するのに気後れを感じる人もいれば、特に気にならないという人もいる。
Bさんの行動の解説と職場での対策
Bさんの行動については、業務遂行に関わる問題がいくつかあるようだ。例えば、指示を正確に理解していないが、そのことに気付いていなかったり、たくさんの指示を一度に処理できなかったり、何か分からないことがあったときに誰かに質問せずに作業を進めようとしたりしている。
これは「やる気」の問題ではなく、Bさんの「行動」に関する問題であり、Bさんの特徴にあわせた指導法・伝達法の工夫が必要となる。最初は面倒くさく感じられるかもしれないが、本人が正確に行える作業が増えてくると、少しずつではあるが仕事を任せられるようになる。中長期的に見ると、周囲の負担も減り、職場全体の生産性の向上につながることだろう。
対策1:小さいステップごとに、視覚的な資料を用いて具体的に業務を指示する
誰かに業務手順を教えるときには、その人が理解しやすいような方法を用いて説明しよう。口頭の指示だけで済ませるのではなく、文字に書き起こした資料やメモを用意するとよい。図面や図表、スクリーンショット、実物の写真など、視覚的な資料を活用するとさらに理解しやすくなる。
複数の手順があるときは、一度に全てを教えるのではなく、いくつかのまとまりに分けて伝えるとよい。教えた手順を実際にやってもらい、理解が不十分なら、うまくできるまで繰り返す。そして、一つの手順をマスターしたら次の手順を教える。時間がかかるように思えるが、結局はこれが一番の早道である。
対策2:どこで間違えたか作業を細かく分解して見ていく
手順を間違えたときやミスをしたときには、相手がどこでつまずいているのか、具体的に、正確に把握しよう。どこでどのように間違えているか、自分自身では気付いていないことも多い。本人と一緒に、実際の作業手順を細かく追っていき、どの部分でミスが生じているのかを確認しよう。目の前で実際に作業を繰り返してもらってもいい。
初心者は、経験者の立場では考えられないようなミスをすることがある。その場合も、決して「そんなところで間違えるなんて信じられない」「そんなことは常識だ」などと言わないように注意しよう。こうした発言は、相手の気持ちを傷つけたり、自信を失わせたりするだけで、業務の指導に関するメリットは何もない。
間違っている箇所が見つかったら、「ここを修正してきて」という曖昧な言い方で修正を指示するのではなく、「○○ページの○○の部分を、○○から○○に修正して」と具体的に指示をする。音声情報だけでなく、文字情報の方が指示が明確に伝わる。指示内容を別途メールにまとめて送付したり、本人がメモを取る時間を十分にとるようにしよう。ミスをした箇所がたくさんある場合は、一度に全ての修正を指示するのではなく、まとまりごとに区切って指示をする。「ここまで直したら一度持ってきて。続きはその後で」というようなやり方をするとよい。
対策3:作業の結果を、細かいステップごとに確認する
作業の途中で適切な手順が分からなくなって作業が止まったり、間違った理解のままで作業を進めたりする場合には、「ここまで作業をしたら持ってきて」というように、作業をいくつかのステップに分けて指示し、その都度、進捗や結果を確認するとよい。
さらに、本人からの報告や相談を待つだけではなく、定期的に進捗を確認する機会を持つようにすると、作業の遅れにも対応しやすい。あるいは「自分で30分考えても分からなかったら聞きにくること」という指示が有効な場合もある。
対策4:体調や勤怠の変化にも留意する
業務遂行上の問題が起きているときには、ストレスで体調を崩さないよう注意が必要だ。本人は明るく振る舞っているように見えても、実は睡眠リズムが悪化して体調を崩しやすくなっていることもある。勤怠の変化などに留意し、遅刻や休みが増えてきたときには産業医や人事労務担当者に相談しよう。
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(この記事は中災防が発行する雑誌『安全と健康』2021年1月号〜12月号に連載した記事を元に、一部加筆したものです。)