EAPとは、一般的に、従業員のメンタルヘルスを支援するためのサービスやプログラムを提供する外部機関のことを指します。日本では多くのEAP機関が企業と契約して、電話相談やメール相談、ストレスチェックなどのサービスを提供しています。
1990年代頃より、働く人のメンタルヘルスの問題が広く認識されるようになり、外部EAP機関と契約する企業が増えてきました。しかし、日本のEAPサービスは、提供する機関によってサービスの内容や運用の方法が異なっており、結果として、企業の中でEAPサービスが十分に活用されていないという状況にあります。
EAPは必要か・不要かというディベートに参加しました
2013年7月20日、日本EAP協会の総会の催しとして「日本におけるEAPの要否をめぐって:EAPは必要であるか、不要であるか」というディベートが行われました。ディベートを通じて、現在の日本において、企業で働く従業員のメンタルヘルスの向上のために、真に効果的で必要とされるのはサービスとはどのようなものか、多面的に整理する試みです。
私は「EAPは不要である」とするチームの一員として、近畿大学法学部教授の三柴丈典氏、横河レンタ・リース株式会社の人事部の石井慈典氏と共に、このディベートに参加してきました。
EAP必要派・不要派のそれぞれの立論
ディベートは「不要派・ 必要派それぞれの立論 → それぞれの反対尋問 → それぞれの最終弁論」という順で進行し、最終的には会場からの拍手の大きさで勝敗の判定が行われました。
まず「EAPは不要である」という私たちのチームは、事前に3人の意見をまとめておいた資料を元に、以下の5つの理由から立論を行いました。
EAPが不要であるという根拠として、日本のEAPサービスには、従業員のメンタルヘルス不調の問題への対応を行うための産業保健的なニーズが高いのですが、そうした事例の対応ができる専門家を養成できていないという問題や、企業の表面的なニーズに対応するだけで、本来のメンタルヘルス対策である「組織の人的資源管理体制の充実化」というニーズに全く切り込めていない、という問題点を指摘しました。また、EAPが目的として掲げている「効果の確認や評価」も不十分であり、どのEAP機関が自社のニーズに合っているかも不明瞭な状況である、と論じました。
次に「EAP必要派」のチームは、ある外資系の外食フード企業で、ハラスメントの問題やメンタルヘルスの問題などに対応する際、人事部門が外部EAP機関のコンサルテーションや個別の研修サービスをうまく活用している事例を紹介し、「EAPサービスを活用することは企業価値を高める」という論を展開しました。
反対尋問と最終弁論、そして結果は
反対尋問では、EAP必要派からは「そもそも産業医などの専門家でも、個別の事例対応が適切に行えるスキルを持つ人は少ないのではないか。EAPの活用の問題も、会社の方針や目的がはっきりしないことに原因があるのではないか」という意見が出されました。また、EAP不要派からは「外資系の優れた人事マネジメント方針を持つ会社が、外部機関をうまく活用しているという1例の紹介であり、EAP全体を論じるには根拠に欠ける」という反論を行いました。
最終弁論では、EAP必要派からは「EAPが我が国に導入されてからまだ歴史が浅い。会社のニーズにしっかりとこたえ、人的資源管理に貢献しているEAPも存在する。これまでの状況をもってEAPを不要だと断じてしまい、EAPの発展の芽を摘んでしまうのは、時期尚早ではないか」という主張がまとめられました。EAP不要派からは「1社の事例からEAP全体を論じるのは暴論である。現在、EAPは企業や社会のニーズに十分にこたえられていない。これはEAP業界が自助努力を怠った結果である」と締めくくりました。
ディベートの勝敗は、会場からの拍手の大きさという平和的な方法にて判定され、わずかに拍手の音が大きかった「EAP不要派」の主張のほうが説得力が高かったという結果となりました。
私のホンネは……
私は「EAP不要派」の立場で参加していましたが、もちろんこれはディベートなので、上記の立論は、私の本音とは少し違います。私は「EAP機関だけに問題がある」と思っているわけではなく、上記の問題点は、職場のメンタルヘルスに携わる担当者や産業保健スタッフのすべてに当てはまる課題ではないかと考えています。
我が国でメンタルヘルス不調の問題が注目されるようになったのは1970年代のことです。また、日本にEAPサービスが導入されはじめてから、およそ20年がたちます。その間に、企業の人事担当者・産業保健スタッフ・医療機関・そして外部の諸機関など、それぞれの努力によって、働く人のメンタルヘルスを支える環境はずいぶんと進歩してきました。しかし、まだ、それは十分なレベルとはいえず、全国に十分に有効な対策が浸透しているともいえない状況です。
私は、働く人のメンタルヘルスに関わる専門家には、大きく2つの技術が必要なのだと考えています。1つめは、個別の事例対応を適切に行うための技術です。そして2つめは、日本の職場のメンタルヘルスを本当の意味で向上させ、健康的で生産性の高い職場を作るために、企業内の複数の関連部門と連携しながら、組織における「人的資源管理」を発展・向上させていくための技術です。さらに、企業を「本気」にさせ、そうした取り組みを実現するための環境づくりや政策づくりにも力を入れる必要があるのではないかと思います。