2011年3月11日以降、東日本大震災の影響で発生した東京電力福島第一原子力発電所の一連の事故から、約1年が過ぎました。原発事故に対する健康管理対策について、種々の資料を元にまとめてみました。
放射線被曝の健康影響について
これまでの疫学調査から、放射線の被曝量と健康影響については、以下のようなことがわかっています。また、日常の生活でも、私たちは微量の放射線被曝を受けています。つまり、年間10〜20mSv以下の被曝については「放射線による健康影響があるとは考えにくい」と評価されます。
さまざまな健康調査
現在、放射線事故に関連して、以下のような健康調査が実施されています。それぞれの検査の目的や検査方法について解説します。
(1) 小児の甲状腺エコー検査
【目的】小児の甲状腺がんの早期発見
【検査方法】甲状腺の超音波検査
【解説】放射性ヨウ素による内部被曝により、細胞分裂の盛んな乳幼児期〜15歳未満で、甲状腺がんの発生が増えることがわかっています。なお、成人はほとんど影響を受けません。
通常、小児の甲状腺がんの発生率は100万人あたり1〜3人です。過去に、チェルノブイリの事故の影響をうけた地域では、小児の甲状腺がんの発生率が10倍〜数十倍に増加したことが報告されています。
甲状腺がんは、甲状腺の超音波検査で発見でき、早期発見によって治療が可能な病気です。現在、福島県により18歳以下の県民を対象とした定期的な検査が実施されています。
(2) 電離放射線健康診断
【目的】放射線やX線などを取り扱う施設で実施される法定の健康診断
【検査方法】診察(白内障の検査・皮膚や爪の検査)・血液検査(白血球数・白血球分画・赤血球数・ヘモグロビン)
【解説】医療機関・研究所・原子力発電所など、大量の放射性物質やX線を取り扱う施設の従業員に実施される法定の健康診断です。
業務で放射線を取り扱う従業員の被曝量は「1年間で50mSv以下、5年間で100mSv以下」という基準が法律で定められています。
電離放射線健康診断は、水晶体の混濁(約1,000mSv)や白内障(約2,000mSv)、血球の一時的な減少(約500mSv)など、大量の放射線をあびたときの健康影響を検査するものです。
(3) ホールボディカウンター検査
【目的】全身の内部被曝量の推計
【検査方法】専用の機械を用いて測定
【解説】体内に取り込まれている放射性物質(セシウム、カリウム、ヨウ素など)の量を、体外から特殊な機械を用いて測定する検査です。
原子力事故により、従業員や周辺住民が体内に放射性物質を取り込んだ可能性がある場合の迅速な判断のために用いられています。
福島県が実施している県民健康管理調査の中で、一般住民に対するホールボディカウンター検査が行われています。平成23年6月〜平成24年1月に実施した結果によると、検査を受けた15,408名のうち、預託実効線量1mSv未満の方が99.8%、1mSv〜3mSvの方が25人でした。「預託実効線量」とは「放射性物質を体内に取り込んでから50年間のうちに浴びる放射線量の合計値」のことです。
現在では、一般の医療機関でもホールボディカウンター装置を導入するところがあり、約20,000円〜30,000円で検査を受けることができます。
(4) 尿中セシウム測定
【目的】放射性セシウムによる内部被曝の程度を測定
【方法】尿に含まれる放射性セシウムを測定する
【解説】体内に取り込まれた放射性セシウムは、その多くが尿中に排泄されます。尿中の放射性セシウムの量を測定することで、内部被曝量を推計することができます。
福島原発事故後、児童の尿中セシウム濃度を測定したところ、福島県在住の児童(15人)で平均0.81Bq/L、県外在住の児童(3人)で平均0.37Bq/Lであったという結果が報道され、話題となりました。
過去に、米ソの核実験の影響を調べるため、日本人中学生の尿中セシウム濃度を1959年〜1964年まで測定するという研究が行われました。その結果、平均0.5Bq/L〜4.5Bq/Lと、核実験の実施状況に応じて推移していました。
この研究は、2012年現在で65歳くらいの方々を対象に行われたものです。1960年当時は、福島原発事故後の10倍以上の値を示していますが、その後、内部被曝による健康影響などは報告されていません。
福島県が実施する県民健康管理調査
現在、福島県は、福島原発事故による放射線の影響を踏まえ、将来にわたる県民の健康管理を目的とした「県民健康管理調査」を実施しています。県民健康管理調査には、問診票による基本調査と、健康診断などによる詳細調査があります。詳しくは福島県のホームページをご覧下さい。
健康診査
基本調査の結果、必要と認められた方を対象に、一般的な健康診断に相当する健康診断(下表)を実施しています。
妊産婦に関する検査
県内で母子健康手帳を交付された方を対象に、問診票による健康調査や健康相談などを実施しています。
甲状腺検査
平成23年3月11日時点で概ね18歳以下の福島県民を対象に、甲状腺の超音波検査を実施しています。平成26年3月末までに1人1度実施し、それ以降は、20歳までは2年に1度、20歳以上は5年に1度実施する予定です。超音波検査で所見が見つかった場合には二次検査(精密検査)を実施します。
推奨される健康診断
今回の原発事故を踏まえた健康管理を行うためには、下記のような健康診断を実施することが望ましいと考えられます。特に、18歳以上の方については、職場や自治体が行う健診やがん検診を定期的に受診することが、疾病の早期発見・早期治療につながります。
参考資料
- 内閣官房 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ. 健康への影響とこれからの取り組み. 2012.
- 内閣官房 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ.低線量被曝のリスク管理に関するワーキンググループ報告書. 2012.
- 油井信春. 微量放射線被ばくの健康への影響. 千葉医学87: 253-258. 2011.
- 放射線影響研究所. 放影研における原爆被害者の調査で明らかになったこと.
- 放射線影響研究所. わかりやすい放射線と健康の科学.
- 高度学術科学技術健康機構. 原子力百科事典 ATOMICA. フォールアウトからの人体内セシウム(40年の歴史). 2006.
- 山下俊一. 内閣府 原子力委員会 長期計画策定会議第五分科会. チェルノブイリ原発事故後の健康問題. 2000.
- 原子力安全委員会. 原子力施設等の防災対策について. 2010.
- 青木一政. 福島の子供たちの尿検査結果について. 2011
- 電離放射線障害防止規則
- 首相官邸ホームページ. 東電福島原発 放射能関連情報.
- 文部科学省ホームページ. 放射線モニタリング情報.
- 福島県ホームページ. 福島県放射能測定マップ.
- 福島県ホームページ. 県民健康管理調査.
- 緊急被ばく医療研修. 原子力災害時における心のケア対応の手引き.