
「会社には何も言わないでほしい」と社員から言われたときに、信頼関係を壊さず、安全配慮義務を果たせるようにするための「伝え方の技術」を解説します。
■ 質問:
メンタル不調の社員との相談の場面で、人事や上司など、会社には何も言わないでほしいと希望された時の対応を教えてください。自殺のリスクなどがある場合は例外として、どんな事例で職場への情報共有を検討すればよいのでしょうか。また、社員の同意をスムーズに得られるような説明の方法、同意が得られなかった場合の対応を知りたいです。
■ 回答:
ご質問ありがとうございます。 職場への情報共有、本当に悩ましいですよね。私も面談の場で「絶対に言わないでください」と言われてしまい、その方の不安な気持ちも理解できるし、会社としての安全配慮義務も重要だしと、板挟みになった経験があります。
結論から申し上げますと、私は職場への情報共有については、「伝えるか、伝えないか」の二択ではなく、「どうすれば、本人が安心感を持って今後の対応を進めていけるか」が重要だと考えています。私が現場で大切にしている視点を整理してみました。
1. 職場共有が必要となる判断基準を明確にする
会社には社員の安全を守る義務(安全配慮義務)があります。産業医が面談の結果を適切に会社にフィードバックしないと、会社が安全配慮義務を果たせないだけでなく、結果として、社員にも不利益が生じてしまいます。以下のような状況では、本人の意向を尊重しつつも、職場への情報提供を検討すべきだと考えています。
- 健康悪化のリスク: 現状の勤務を続けると、症状の著しい悪化や休職に至ることなどが予測される場合。
- 安全管理・事故のリスク: 集中力低下や薬の副作用(眠気等)により、事故やケガを招く恐れがある場合。
- 組織・業務への実害: 欠勤やパフォーマンス低下により、すでに周囲の業務負荷や人間関係に支障が出ている場合。
- 不当な評価・不利益のリスク: 上司が状況を正確に把握していないことで、適切なフォローが受けられない、あるいは不当な評価や誤解を受けるリスクがある場合。
ここで私が大切にしているのは、「病名を伝えること」が目的ではないという点です。会社が求めているのは「現在の業務が遂行可能か」「どのような配慮が必要か」という就業上の判断に役立つ情報 です。難しい医学用語は極力使わず、現場がどう動けばよいかがわかる、わかりやすい具体的な言葉にして伝えることが、産業医の腕の見せ所だと思っています。
2. 「冒頭の説明」と「最後の確認」で本人の同意を得る
社員の不安を解消するためには、面談の「最初」と「最後」の関わり方が鍵となります。「どんな情報を共有されるかわからない」「職場から何をされるかわからない」という不信感があると、拒否的な反応につながってしまいます。
面談開始時の「説明」
面談の内容を勝手に共有されるのではないかという疑念を払拭し、安心して話をしてもらうためにも、最初に個人情報の取り扱いについて明確に説明します。
「今日お話しいただいた内容はプライバシーを守って管理しますが、あなたの健康を守るために職場の理解や業務の調整が必要になる場合は、上司と人事担当者に情報共有を行うことがあります。ただし、その際は、面談の最後に、必ず『誰に、何を伝えるか』を確認して、あなたがOKした内容しか伝えません。 勝手に話すことは絶対にないので、まずは安心してお話しください」
面談終了時の「確認」
面談の最後には、私が専門職の視点で加工・整理して、職場での具体的な対応につながりやすい形にしたものを 本人に提示し、情報共有についての同意を確認しています。
「今の状態では無理をしないことが一番です。そこで、上司には『現在、体調を崩しており通院中なので、回復するまでの当面の間、残業を控える配慮をお願いしたい』という内容をお伝えしてもいいでしょうか?」
具体的に 「この情報を、このような言葉で伝える」 と示すことで、本人が 「自分の情報のハンドルを自分で握っている」 という実感を持てるようになります。この納得感があると、合意形成がスムーズに進みます。
また、上司や人事担当者からの依頼で面談を行っている場合には、「会社側もあなたの体調を心配しているので、産業医面談の報告を待っている」という背景を丁寧に説明すると、情報共有の必要性を理解してもらいやすくなります。

現場にとっても本人にとっても「無理のない配慮」を目指す
しかし、ここで注意が必要なのは、産業医が一方的に配慮の内容を決めてしまうと、現場の実情に合わなかったり、職場と本人の間(もしくは職場と産業医の間)に新たな対立を生んでしまったりする可能性があることです。
そのため、職場での対応について調整が必要な場合には、「具体的な進め方について、一度上司や人事と相談したいのですが、いいですか?」と本人に確認を取るようにしています。産業医が独断で決めるのではなく、職場とも目線を合わせながら、関係者が納得できる着地点を探ることを大事にしています。さらに、その調整のプロセスに透明性を持たせ、本人にも説明した上で進めることで、現場にとっても本人にとっても「無理のない配慮」が実現しやすくなります。
3. どうしても同意が得られない場合
どれだけ説明をつくしても、職場への情報共有に強い抵抗感を示される場合もあります。その際は無理に強行せず、本人との信頼関係を維持したまま、次のような次善のアプローチをとります。
- 本人から上司への相談の支援: 産業医から伝えるのではなく、本人から上司に伝える際の内容や、相談するタイミングなどを一緒に整理し、本人の主体的な行動を後押しします。
- フォローアップの継続: 同意が得られない場合は「1〜2週間後に再度状況を確認しましょう」と約束し、孤立させないためのフォローアップの計画を立てます。
まとめ
職場への情報共有は、単に病名や病状を伝えることが目的ではありません。何より大切なのは、本人が「安全に働き続けられる環境」を整えるために、今どの程度の配慮が必要なのかという具体的な情報を、職場で役立つ形にして共有することです。
本人の同意をスムーズに得るために、私は面談の冒頭で情報の取り扱いルールを明確に伝え、最後には「誰に、どんな内容を伝えるか」を具体的に提示するようにしています。情報共有の内容を「本人が自ら選択できる」という安心感を持ってもらうことこそが、合意形成の鍵だと考えています。
もし、その場ですぐに同意が得られなかったとしても、本人自身が職場に相談できるようサポートしたり、定期的にお会いして状況を見守ったりすることで、信頼関係を保ちながら、本人が孤立しないための関わりを粘り強く続けていきます。それが、産業医として私が大切にしている姿勢です。




