はじめに
2023年10月、化学物質管理の新たな取り組みである「リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドライン」が公開されました。企業が行う自律的な化学物質管理のうち「リスクアセスメント対象物健康診断」について解説されています。この記事では、ガイドラインで紹介されている第3項健康診断と第4項健康診断の概要を説明します。
第3項健康診断・第4項健康診断の特徴
このガイドラインでは、労働安全衛生規則 第577条の2に定められている「リスクアセスメント対象物健康診断」について、「第3項健康診断」と「第4項健康診断」の2つが解説されています。それぞれの特徴を以下の表にまとめました。
リスクアセスメント対象物健康診断(第3項健康診断と第4項健康診断)は、令和4年(2022年)の労働安全衛生規則の改正により公布され、令和6年(2024年)4月1日より施行されます。企業に実施が義務付けられるのは2024年4月1日からです。
第3項健康診断 | 第4項健康診断 | |
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対象物質 | リスクアセスメント対象として定められた化学物質(リスクアセスメント対象物) | リスクアセスメント対象物のうち、濃度基準値が定められた化学物質 |
実施のきっかけ | リスクアセスメントの実施により、健康障害発生リスクが許容範囲を超える環境で作業していたことがわかったとき | 労働者が濃度基準値を超えて化学物質にばく露した可能性があることがわかったとき |
対象者 | 健康障害発生リスクが許容範囲を超えると判断された労働者 | 濃度基準値を超えてばく露した可能性がある労働者 |
目的 | 健康影響を確認すること | 健康影響を速やかに確認すること |
実施時期 | リスク評価に応じて、適切なタイミングで | 濃度基準値を超えて曝露したおそれが生じた時点で、合理的に可能な範囲で、速やかに |
実施方法(健康診断項目・実施頻度・継続期間) | 有害性情報を参照し、専門家の意見も参考にした上で、健康障害発生リスクに応じて企業が自ら決める | 有害性情報を参照し、専門家の意見も参考にした上で、健康障害発生リスクに応じて企業が自ら決める |
結果の保管 | 5年間(がん原生物質に指定されている物質の場合は30年間) | 5年間(がん原生物質に指定されている物質の場合は30年間) |
根拠法令 | 労働安全衛生規則 第577条の2 第3項 | 労働安全衛生規則 第577条の2 第4項 |
義務化の時期 | 2024年4月1日から | 2024年4月1日から |
社内の担当者 | 化学物質管理者・衛生管理者 | 化学物質管理者・衛生管理者 |
第3項健康診断はリスクアセスメント後に実施される
第3項健康診断は、リスクアセスメント対象物に指定されている化学物質に対して、企業が実施したリスクアセスメントの結果に基づいて行われます。
企業は、新たな化学物質を取り扱うときや、作業方法などに変更があったときににリスクアセスメントを実施し、その結果によって化学物質の曝露防止対策を実施する必要があります。さらに、リスクアセスメントの結果は定期的に見直しが必要です。前回のリスクアセスメントから作業方法に変化があった場合などは、再び実施する必要があります。また、これまで一度もリスクアセスメントを実施していない場合にも、新たに実施しなければなりません。
第3項健康診断は、リスクアセスメントの結果、健康障害の発生リスクが許容範囲を超える環境で作業していたことがわかった場合に、健康影響の有無を確認するために行われます。例えば、曝露濃度が高い環境で作業をしていた場合、保護具を適切に着用していない場合などで、健康リスクが許容範囲を超えると評価されたときに実施します。関係労働者や産業医・医師などの専門家の意見を聞き、そのリスクの程度に応じて健康診断の要否や実施方法を検討します。
第4項健康診断は緊急時に実施される
第4項健康診断は、リスクアセスメント対象物のうち、厚生労働省が濃度基準を定めた化学物質について、労働者が濃度基準値を超えて曝露した可能性がある場合に、健康影響を速やかに確認するために実施されます。例えば、局所排気装置が正常に稼働していなかった、保護具を着用せずに作業をしていた、あるいは漏洩事故などが起きた場合に、濃度基準値を超える曝露が生じたと考えられるときに行われます。
第4項健康診断の目的は、緊急時における労働者の健康リスクに迅速に対応することです。漏洩事故により大量に曝露したおそれがある場合には、まずは病院等で医師の診察を受けることが望ましいとされています。
濃度基準値は厚労省が(順次)定める
リスクアセスメント対象物について、厚生労働省は「八時間濃度基準値」「短時間濃度基準値」を設定しています。これらの基準値は厚生労働大臣が「濃度基準告示(令和5年厚生労働省告示第177号)」で規定しており、今後も順次更新される予定です。また、労働安全衛生規則第577条の2第2項の規定により、これらの濃度基準値を超えた状態で労働者が化学物質に曝露することは許されません。
リスクアセスメント対象物のうち、濃度基準値が現時点で設定されていない物質については、当面、日本産業衛生学会の許容濃度や、米国政府労働衛生専門家会議(ACGIH)の曝露限界値(TLV-TWAなど)などを参考に、労働者の曝露が許容範囲内に収まっているかどうかを評価することが推奨されています。
健康診断を実施する際の重要なポイント
リスクアセスメントによって、化学物質による健康障害のリスクが許容範囲を超えていると判明した場合に、最も優先すべき対策は、作業方法の見直しや設備の改善などによる曝露防止対策です。これらの対策が適切に行われた結果、労働者の健康リスクが許容範囲内におさまる場合には、健康診断の実施は必要ありません。
また、健康診断は、化学物質による健康影響を確認するために行うものであり、化学物質の曝露を減らす効果はありません。したがって、曝露防止対策を十分に実施せず、リスクの高い環境で作業を行い、健康診断で対策を補おうとするアプローチは不適切です。
有機則や特化則の特殊健診との違い
有機則や特化則に定める定期の特殊健康診断では、特定の化学物質を常時取り扱う労働者に対して、一律に、定期的に健康診断を行います。一方で、リスクアセスメント対象物健康診断(第3項健康診断と第4項健康診断)は、リスクアセスメント対象物に対して、作業上のリスクを判断した上で、個別の労働者ごとに、一時的に行われるのが特徴です。また、リスクアセスメント対象物健康診断には「配置前の健康診断」はないため、配置前の健康状態は一般健康診断の結果などを用いて把握します。
健診項目・実施時期・実施頻度・実施期間の決め方
第3項健康診断・第4項健康診断は、取り扱う化学物質の種類や作業状況など、個別の作業場の健康リスクに応じて、健診項目・実施時期・実施頻度・実施期間を企業が自ら決めなければいけません。健康診断の実施方法について、ガイドラインに示されている基本的な考え方を紹介します。健康診断の実施には、化学物質管理者と衛生管理者の連携が必要です。また、産業医や医師など、専門家の意見を取り入れることも不可欠です。詳しくはガイドライン本文を参照してください。
【健診項目の決め方】
健康診断の項目を設定するにあたっては、濃度基準値がある物質の場合には濃度基準値の根拠となった一次文献における有害性情報と、製造者が発行する安全データシート(SDS)に記載された情報を参照します。濃度基準値がある物質の有害性情報は、厚生労働省ホームページに順次追加される「化学物質管理に係る専門家検討会 報告書」から入手できます。
2024年6月追記:2024年5月に、産業衛生学会のワーキンググループが作成した「化学物質リスクアセスメントに基づく健康診断の考え方に関する手引き」が発表されました。健康診断の要否の判断を医師が行う際の考え方が整理されています。
【健診項目設定の注意点】
特定の有害性に関しては、健康診断での評価が困難であるため、健康診断の対象から除外されることがあります。例えば、生殖細胞変異原性、生殖毒性、誤嚥有害性、発がん性(検査項目についてのエビデンスが不十分な場合)などです。その他、ガイドラインには、SDS等に記載される危険有害性情報やGHS分類の情報の活用方法、発がん性のある物質への対応や、歯科領域に関わる健康影響など、健診項目の設定における注意点が記載されています。例えば、GHS分類に「急性毒性」は、即時または短時間の曝露による健康影響を指すため、健康診断で検査を行うことは難しいとされています。急性の健康影響については、GHS分類のうち「特定標的臓器毒性(単回曝露)」、「皮膚腐食性/刺激性」、「目に対する重篤な損傷性/眼刺激性」、「呼吸器感作性」、「皮膚感作性」などの情報を参照するように記載されています。
【実施時期・実施頻度・実施期間の決め方】
第3項健診はリスクアセスメントの結果に基づき必要に応じて実施されます。通常の特殊健康診断のタイミングに合わせて実施することも可能ですが、個別のリスク評価の結果、早期の実施が必要と判断された場合には、迅速に健康診断を行うことが望ましいでしょう。第4項健診は、濃度基準値を超えるばく露が生じた場合に迅速に実施しなくてはいけません。また、それぞれの健康診断は、個別のリスク評価により、必要な間は継続して行う場合があります。
【具体的な実施事例は?】
リスクアセスメント対象物健康診断(第3項健康診断、第4項健康診断)が義務化されるのは2024年4月1日以降です。今後、具体例なども含めた詳しい手順や実施方法などが示されれば、わかりやすくなると思われます。
【健康診断結果の保管期間】
リスクアセスメント対象物健康診断の記録は、5年間の保管が義務付けられています。がん原生物質(労働安全衛生規則第577条の2第3項の規定に基づきがん原性がある物として厚生労働大臣が定めるもの)として厚労省に指定されている物質の場合は、30年間の保管が必要です。
まとめ
この記事では、新たに取り入れられた「リスクアセスメント対象物健康診断(第3項健康診断、第4項健康診断)」について解説しました。化学物質のリスクアセスメントの実施、その結果に基づく曝露防止対策、健康診断の実施は、企業の自律的な化学物質管理において重要な要素となります。この記事が、みなさまの日々の業務に役立てれば幸いです。